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2018年05月15日08:03

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飛龍革命〜あれから30年〜(24)

88年8月8日、8が4つ並んだこの日、新日本プロレス横浜文化体育館ではワンナイト興行「スーパー・マンデーナイト・イン・ヨコハマ」が開催され、超満員6070人の観客を動員しました。

メインイベントは王者藤波に挑戦者決定リーグ戦を勝ち上がって来た猪木が挑戦するIWGPヘビー級選手権試合。猪木は負ければリングを去る用意があるという決意を持って試合に臨みました。

両国国技館の使用はまだ解禁されておらず、この一戦を横浜文体という6100人定員の会場で行うことに若干の寂しさは禁じ得ませんでした。

当日はテレビ朝日系で午後7時30分からこの一戦を特番にて生放送。

実況には87年3月26日、大阪城ホールでの猪木vsマサ齋藤戦(4月6日放送)でワールドプロレスリングを卒業した古舘伊知郎アナ。テレ朝側は「猪木、最後のリングか!?」と煽り、番組の冒頭に猪木の幼少期からを振り返るVTRを作成して流し、猪木引退ムードを強調するかのような番組作りでした。

セミ前は越中詩郎が小林邦昭を9分9秒、逆さ押さえ込みで破りIWGPジュニア・ヘビー級王座3度目の防衛。

セミファイナルはビッグバン・ベイダーvsクラッシャー・バンバン・ビガロの対戦。大肉弾戦となり両者リングアウト。

いよいよメインイベント。入場は猪木が先で弟子の藤波が後。

試合は両者手の内を知り尽くした師弟対決だけに両者共に決め手を欠く展開に。

試合途中で生中継は終了しました。続きは8月13日午後4時から放送されます。

試合は60分時間切れ引き分けとなり、藤波が2度目の王座防衛に成功。

愛弟子、藤波の腰に自ら創設したIWGPヘビー級のベルトを巻く猪木。

ここで長州が猪木を、越中が藤波を肩車で担ぎ上げて両者は担がれながら握手を交わしました。

偉大なる師匠、猪木をから勝利を奪うことは出来ませんでしたが、負けることなくベルトを守ったことで、飛龍革命はここに完結しました。

ブロディ革命、長州革命、天龍革命に比べるとインパクトは弱く、期間も3か月とちょっとと短かったですが、これらの革命と違う点は、反体制に回ることなく、自らの直訴により、世代交代を起こしたのが主眼でした。

私は当時現役だったプロレスラーの方の紹介でmixiを08年12月に始めました。しかし、本名でやるのは気が進まない。ハンドルネームをどうするか?

知人から「飛龍さんも長年のプロレス観戦による知識があるのだから、もしmixi始めるなら何か書いてみては?」

とアドバイスもあったのでこれまでの自分の持つストックを生かし、70〜90年代のプロレスについて書いていこう、と思いました。

私のバックボーンは新日系ですので、それに因んだハンドルネームが良かろうと考えましたが、「アントニオ」や「闘魂」系は猪木が偉大であるが故に恐れ多くて名乗れない。

ならばやはり藤波だと思ったところ、ユリオカ超特急が飛龍革命のシーンをコントでやっているところをテレビで目にしました。

ユリオカのネタは藤波が先に猪木に張られ、張り返した時に何を言っているのか?「モイスチャーミルク配合」と言っているというネタでしたが、ここは咄嗟の判断でハンドルネームを飛龍革命に決めた訳です。

ハンドルネームというより私はペンネームのつもりでしたが、そのうちプロレスのことだけでなくライブのことも書くようになって来て現在に至っているという訳です。
          (完)

ご愛読ありがとうございました。次回から「ファンタジープロレスの巨匠桜井康雄さん追悼」を再開致します。
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