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2018年05月11日07:58

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飛龍革命〜あれから30年〜(20)

新日本プロレスを連続トラブルで去ったブルーザー・ブロディですが、帰国後はアメリカではテキサス州ダラス、そしてプエルトリコを主戦場にしていました。

87年、長州と新日本プロレスとの間で復帰話が持ち上がりました。前年後半あたりから長州は雑誌のインタビューで「青山」(新日本プロレスの事務所があった場所)という言葉を頻繁に使い、古巣への郷愁が強まっていた感があります。

87年1月8日、全日本プロレス川崎市体育館大会終了後、長州は新日本プロレスの倍賞哲夫の運転する車に迎えられ、都内で猪木と会談。その場で新日本プロレスへの復帰を打診され、具体的な金銭面の条件呈示を受けたと言います。

1月17日、徳山市体育館でカート・へニングを破りPWFヘビー級王座を防衛した長州は試合後の日本テレビのインタビューで「今度は鶴田、天龍、藤波と対戦してみたい」と日テレでは禁句とも言える藤波の名前を出しています。

これを受けて藤波は「長州にその気があるのなら、2月5日、両国国技館に『長州の席』を用意する、長州よ出て来い」とワールドプロレスリングの番組内でアピール。

しかしこの日は全日本プロレスの札幌中島体育センター大会があり長州は現れず。この日長州は1年間に亘って谷津嘉章と組んで保持していたインターナショナル・タッグ王座から鶴田、天龍組に敗れて転落。谷津が天龍の武骨なジャーマン・スープレックスホールドにフォールを奪われての敗戦でしたが、試合後の長州のふっきれたような笑顔が印象的でした。

2月20日、後楽園ホールでのエキサイト・シリーズ開幕戦を長州は「右腕ガングリオン」の為欠場。伊香保温泉で治療に当たっているという噂が流されました。

3月26日、新日本プロレス大阪城ホールで行われる猪木デビュー25周年記念「INOKI闘魂LIVEpart2」の猪木の対戦相手がジャパンプロレスの重鎮、マサ齋藤に決定。

M齋藤は84年4月にアメリカでケン・パテラが巻き起こした警察官暴行事件に加担したとして傷害罪に問われ裁判中でしたが、その間も新日本プロレスのリングで試合をしIWGPに出場しています。

10月に長州の依頼でジャパンプロレスに移籍発表。翌85年1月の全日本プロレス「激突!オールスター・ウォーズ」中盤から参戦。5月のジャパン自主興行「ビッグ・ラリアート・フェスティバル」から続いての「激震!サンダー・ウォーズ」前半戦まで出場、アメリカに帰国後実刑判決が確定しウィスコンシン州の刑務所に収監されてしまいました。

猪木は服役中のM齋藤に手紙を送っていたとのことで、M齋藤は猪木からの手紙に心を打たれたそうです。87年2月20日、中野サンプラザで行われた猪木の44歳の誕生日を祝う音楽イベント「突然卍固め」に花束を持ってM齋藤が猪木を祝福に現れ、離れていた両者が3年ぶりに再会しました。

3月25日、大阪・ホテル南海で行われた試合前のレセプションに欠場中の長州が「M齋藤の代理人」として姿を現し長州の復帰は時間の問題となりました。

翌26日の試合当日M齋藤は長州の入場テーマ曲「パワーホール」で入場しています。試合は海賊男の乱入で猪木の反則勝ちとスッキリしない結末となり、暴動騒ぎにまで発展してしまいました。
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