84年は新日本プロレスが旗揚げ以来の激震に見舞われた年でした。
前年暮れ、新日本プロレスを退職し新日本プロレス興行の代表となった大塚直樹は新日本プロレスの興行を年間約50大会主催することで新日本と合意。
初の主催大会は1月6日、後楽園ホール大会でメインイベントは猪木、藤波組がダスティ・ローデス、バディ・ローズ組を破っています。
このシリーズの目玉は前83年8月、タイガーマスクの引退によって返上されたWWFジュニア・ヘビー級王座決定リーグ戦。
ザ・コブラ、ダイナマイト・キッド、デービーボーイ・スミス、小林邦昭、ブラック・タイガー他、タイガーマスクと縁のある選手も多数参加しています。
2月3日、札幌中島体育センターで行われる予定だった藤波vs長州のWWFインターナショナル・ヘビー級選手権試合。長州の入場時、テーマ曲「パワーホール」が流される中、突如、藤原喜明が鉄パイプを持って長州を襲撃。額を叩き割って大流血させています。
長州の出血は酷く、試合は不成立となっています。藤原は前座の実力者から「テロリスト」として一躍スターダムにのし上がりました。試合を壊された藤波は目に涙を浮かべ「こんな会社、やめてやる」と言いながら裸のタイツ姿で雪の中、タクシーで宿舎に戻ってしまいました。
2月7日、蔵前国技館ではWWFジュニア・ヘビー級王座決定リーグ戦の決勝が行われました。Dキッド、スミス。ザ・コブラの3人が同店で首位に並び、3人による巴戦(先に2勝した方が優勝となります。
第1試合はコブラとスミスが両者リングアウト(共に1分)。第2試合はキッドとスミスの従兄弟対決となりキッドが札幌での公式戦に続いてリングアウト勝ち。(キッド1勝、スミス1敗1分)第3試合はキッドがコブラをエビ固めに破り(キッド2勝、コブラ1敗1分)キッドが優勝となりました。
この大会を見る限り、タイガーマスク引退の穴は十分ではないにしろ、ある程度は埋まったと思われました。
シリーズ最終戦の2月9日大阪府立体育会館では札幌事件が猪木の差し金であることに気付いたか、猪木とのタッグを藤波が拒否。メインイベントは猪木、前田日明、藤原組vs長州、アニマル浜口、谷津嘉章組となり、札幌で受けた屈辱を晴らさんと維新軍が藤原に集中攻撃、逆に額を割られて流血した藤原が10分52秒、レフェリーストップ負けとなりました。
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