事態を重く見た新日本プロレスは究極、猪木vsビッグバン・ベイダーの試合の前に、猪木vs長州のシングルマッチ(当初発表されたIWGPヘビー級選手権試合てなく、ノンタイトル)を行うことになりました。
猪木も長州も結果的にこの日2試合を行うこととなり、リング内にモノを投げ入れていた観客も、猪木vs長州戦が当初の予定通り行われるとあって少し落ち着きを取り戻した感じでした。
試合は時間無制限1本勝負。レフェリーのチェック中に猪木が奇襲の延髄斬り、この後猪木はベイダーとの試合も控えており、短期決着を狙っていきました。
猪木は長州の負傷した顔面にナックルパンチ連発から場外に落として鉄柱攻撃。長州の額が切れて流血。長州もパンチで反撃してからバックドロップ。
しかし猪木が体勢を上手く入れ替えたか猪木の方が先に立ち上がり、ヘッドバットを叩き込んでから卍固め。ガッチリ入ったが長州はギブアップせず。
そこへ、長州のセコンドである馳浩が乱入し卍固めをひっくり返して長州を救助、これが反則と取られ、6分6秒、猪木の反則勝ち。
不透明決着にまたしても観客のフラストレーションが再燃、そこへ間髪入れずベイダーとマサ齋藤が入ってきて続いて猪木vsベイダーの一騎討ち(時間無制限1本勝負)。
当初のベイダーはマスクマンでした。
長州戦での疲労からか猪木の動きは鈍く、ベイダーが放ったラリアットで動きが止まってしまいました。
ベイダーは猪木をリフトアップスラムで叩きつけてから抱え上げてのオクラホマ・スタンビートからフォールの体制へ。猪木はピクリとも動かず、2分49秒、体固めでベイダーの勝利。
これが観客の怒りに再び火を着けました。怒号が飛び交い、モノが次々と投げ入れられる。
ケロちゃんこと田中秀和リングアナが、
「お願いです。今日のところは帰って下さい。でないと国技館が使えなくなってしまいます。」とリング上で土下座しました。
そこへ見かねた猪木が入って来ました。猪木は自分がリングに上がって観客席に挨拶すれば全て丸く治まると考えていたのでしょうか。
リングに上がった猪木は「えー…皆さん、ありがとう!」と空気を読めない発言をしてさらに観客の怒りを買ってしまい、暴徒と化した観客は国技館の客席を破壊し始めました。「前田コール」をしていた観客もおりました。
事態が収拾したのが午後11時過ぎとなりました。(私は翌日仕事だった為、途中で帰宅して最後までは見ていません)
84年6月14日、蔵前国技館での第2回IWGP決勝後の暴動騒ぎでは、実際にこの年の秋場所限りで国技館の取り壊しが決まっていた為か、日本相撲協会からはお咎めはありませんでしたが、この時は国技館の使用者禁止、修繕費用の請求をされています。
新日本プロレスが両国国技館を再び使用出来るようになったのは、この日から1年2か月後の89年2月22日(猪木vs長州、藤波vsビシャス・ウォリアーIWGPヘビー級選手権試合、レッドブル軍団初お目見え等)のことでした。
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