さて、次期シリーズ、プレ日本選手権の予告VTRはフロリダと思われるTVスタジオからヒロ・マツダ、マサ齋藤、剛竜馬が登場していますが、その中に海外遠征中の全日本プロレス、高千穂明久が画面に登場して物議を呼んでいます。
高千穂は78年1月にアメリカ遠征に出発し、フロリダ、WWWF地区でミスター・サトのリングネームで活躍。ミスター・サイトー(M齋藤)とのコンビで売れっ子ヒールでした。
狼軍団の首領であるマツダが「あいつら(新日本プロレス所属選手)は会社に守られていてぬるま湯に浸かっている。俺達は一匹狼としてアメリカで1人で闘ってきたメンバー達ばかりだ。それが軍団を組めばどちらが強いかは明白である」と契約社会であるアメリカで潰されずに生き残って来た図太さ、逞しさをアピール。
上田馬之助とサンダー杉山はこのVTR収録時には日本にいたと思われて映っていません。
高千穂は全日本プロレス所属の為に猪木、坂口、藤波らを挑発するようなアピール行為は一切なかったものの、無言でテレビカメラの前に座り、マツダやM齋藤のマイクアピールを笑って聞いていました。
高千穂は日本プロレスの残党であり、全日本では冷遇されていたようですが、少なくともこのVTRが全日本を放送していた日本テレビのライバル局であるテレビ朝日で放送される素材だと言うことは理解していない訳もなく、普通なら仮に親分のマツダに出てくれ、と頼まれても所属する全日本と日本テレビに義理を立てて離席するのが普通です。
そこを敢えて「アメリカでの話だから」ということでテレビ朝日の画面に映ってしまうのは根底に馬場、全日本に対する不満があったからに他ありません。
「高千穂、フリーとして新日本へ参戦か!?」という憶測記事が出ましたが、結果的に高千穂は翌79年8月には佐藤昭雄と共に全日本のリングに戻って来ましたが、80年1月にはまたアメリカ遠征に出発。81年1月にはテキサス州ダラスで東洋の神秘ザ・グレート・カブキに変身する訳です。
猪木の欧州世界選手権シリーズはその後もハードな連戦が続き、(試合は全て4分10ラウンド)
第4戦は11月10日、西ドイツ・ハンブルグ・スポーツホールでジャック・デ・ラサルテスと時間切れ引き分け。
第5戦は11月11日、西ドイツ・ハノーバー・メッセホールでラサルテスと再戦を行い5回、逆腕固めでギブアップ勝ち。
第6戦は11月12日、西ドイツ・ベルリン・ドイチェランドホールでローラン・ボックと再戦し5回1分11秒両者リングアウトの引き分け。
第7戦、11月13日、西ドイツ・カッセル・エセスホールでラサルテスを5回53秒、体固めで破っています。
第8戦の11月16日、西ドイツ・キール・コンサートマネジメントホールで64年東京五輪アマレス西ドイツ代表の強豪、ウィルフレッド・デートリッヒと初対戦し4回2分20秒、腕固めで勝利。
第9戦は11月17日、西ドイツ・ミュンヘン・セベルスメイヤー・スポーツホールでウィリエム・ルスカと時間切れ引き分けと激闘は続きました。
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