76年3月28日、蔵前国技館では全日本プロレスと国際プロレスによる初の全面対抗戦が行われ、9800人(満員)の観客を動員。
東側を全日本、西側が国際の応援席として両団体がチケットを売り捌き、双方の応援団も登場して熱気に包まれたムード。
全日本は馬場とザ・デストロイヤーは出場せず、全10試合が組まれました。
事実上のメインイベントは第8試合に組まれた鶴田試練の十番勝負第2戦は鶴田とラッシャー木村の60分3本勝負。レフェリーは元日本プロレス社長の芳の里淳三が務めました。
1本目は13分27秒、R木村がブレーンバスターから片エビ固め、2本目は6分34秒、鶴田がダブルアーム・スープレックスから体固め。
決勝の3本目は鶴田のジャーマン・スープレックスホールドがR木村によって押し潰され、ブリッジが崩れて両者マットに両肩を着けた状態でカウント3が入った為、ダブルフォールの引き分けとなりました。
第9試合はサムソン・クツワダ(全日本)が寺西勇(国際)に急角度のブレーンバスターから体固めで勝利。
最終試合となった第10試合はIWA世界タッグ王者チーム、グレート草津、マイティ井上組と2日前に王座に就いたばかりのアジア・タッグ王者チーム、グレート小鹿、大熊元司組によるダブルタイトルマッチ。
試合は1-1から両チームリングアウトの引き分けとなりました。
クツワダvs寺西と小鹿、大熊組vs草津、M井上組の試合を鶴田vsR木村戦の後に持ってきたのは鶴田vsR木村戦は日本テレビが、後ろ2試合は東京12チャンネルが収録したからです。
この他の対抗戦の結果は� �淵(渕)雅信(全日本)○スネーク奄美(国際)�◆�百田光雄(全日本、反則勝ち)●ミスター・ヨト(珍、国際)��○伊藤正男(全日本)●米村勉(天心、国際)�ぁ�大仁田厚(全日本)○鶴見五郎(国際)�ァ�園田一治(ハル薗田、全日本)○稲妻二郎(ジェリー・モロー、国際)�Ε潺帖Ε劵薀ぁ�桜田一男(ケンドー・ナガサキ、全日本)●田中忠治、大位山勝三(国際)�А�肥後宗典(全日本)○アニマル浜口(国際)
で4勝4敗2分と綺麗に星を分けました。Mヨトの顔面塩攻撃による反則負けで国際の方が1本負けが1つ少ない微調整はありましたが互角の成績。
しかし、全日本は御大馬場が出なかったことで優位をイメージ付け、また国際の看板タイトルである草津、M井上組のIWA世界タッグ王座が全日本の中堅ベルトとなったアジア・タッグ王座とダブルタイトルマッチで引き分けた為、
「IWA世界タッグ王座は全日本の看板タイトル、インターナショナル・タッグ王座と同一レベルに非ず、アジア・タッグと同格」をはからずも証明してしまったことで全日本と国際はハッキリ優劣が「リング上で」ついてしまいました。
この対抗戦のマッチメークが、後の国際と全日本の交流戦、対抗戦の基準になってしまい、国際プロレスは仕方ないとは言え劣性を強いられることになります。
ログインしてコメントを確認・投稿する