坂口と大木金太郎の因縁についてゴング誌では両者のコメントを載せています。
大木「新日本プロレスでは新参者ですからね、副社長である坂口には巡業先でこちらから挨拶に行きましたよ。『坂口さん、宜しくお願いします』ってね。そしたら坂口の野郎、寝たままで『ああ』って言いやがった。ふざけるな、ですよ!」
大木の談話を受けた坂口は「ロートルが何をゴチャゴチャ抜かしとるんじゃ、こっちはいつでもやってやりますよ」と応酬、感情的になっているのは大木よりも坂口の方でした。
両者の公式戦は75年4月25日、福山市体育館で行われ、開始から大木がヘッドバットの奇襲、「頭突き6発で倒す」と公言していましたが39発ものヘッドバットを見舞っても坂口は倒れず。
額が切れて流血しながらも椅子で大木の石頭を何発も連打。両者掴み合いとなりもはやプロレスではなくメインイベントに出る猪木までが仲裁に入り、14分41秒、ノーコンテストの裁定がくだりました。
本来なら公式戦でのノーコンテストは両者無得点となるのが普通ですが、「もう一度やれ」と言う猪木の声に両者が呼応、異例とも言うべき再戦が5月9日、高松市民文化センターで決定しました。
この後のメインでは公式戦で猪木がキラー・カール・クラップに19分29秒、リングアウト負けを喫し2敗目。
リーグ戦の優勝争いは熾烈を極め、5月3日、北九州市小倉区三萩野体育館では全勝だった大木がストロング小林にロープ越しのブレーンバスターを押し潰されてフォール負けし1敗。
5月6日、広島県立体育館では猪木とS小林が公式戦で3度目の対戦。29分32秒、両者リングアウトとなりましたが、両者延長戦を希望、残り28秒を闘って時間切れ引き分け。
また、広島では日本プロレスでの若手時代の前座試合を除いて最初で最後となった星野勘太郎と山本小鉄のヤマハ・ブラザーズ対決が行われ、星野が逆さ押さえ込みで逆転勝ち。小倉、広島ともノーテレビだったのが惜しまれます。
坂口と大木の再戦を行うに際し、桜井さんを中心としたマスコミ識者による「試合監視委員会」が結成され、「喧嘩ではなくきちんとプロレスをするように」と警告しています。
坂口と大木の再戦は突如錯乱した大木が場外乱闘で坂口やセコンドに着いた若手にもヘッドバットを見舞って控室へ帰ってしまい、13分59秒、坂口のリングアウト勝ち。実質的には大木の試合放棄と言えました。
80年代初めのプロレスファンのバイブルとなった村松友視著「私、プロレスの味方です」(情報センター出版局)ではこの時大木が「わからない、何もわからない」と呟きながらリングから去って行ったとし、祖国である韓国を離れて日本でプロレス活動をしていて主流にはなれなかった大木の悲哀について文学的に書かれています。
私はテレビでこの試合を見ていましたが、大木が何か言っていたのは覚えていますがそこまでは確認出来ず。おそらく桜井さんと同じで多分にファンタジーかと思われます。
ただその背景を見ると何となく話の整合性はあるのかなと言う気もします。
猪木と坂口の公式戦はリーグ戦最終日の5月15日、大阪府立体育会館で組まれ(ノーテレビ)、坂口が押し気味に試合を進めましたが23分48秒、猪木が回転エビ固めでフォール勝ち。黄金コンビ対決は初めてピンフォールで決着がつきました。
ログインしてコメントを確認・投稿する