ザ・モンスターマンと猪木の一戦を前にした新日本プロレスは77年6月24日、大宮スケートセンターからアジア・チャンピオン・シリーズを開幕させています。
前76年の7〜8月にかけて行われたアジア・リーグ戦で決定した新日本版アジア王者はシングル(ヘビー級)がタイガー・ジェット・シン、タッグが坂口、ストロング小林組が初代王者となりましたが、ベルトは約1年間に亘り防衛戦が行われることなく放置されていました。
開幕戦では長州力がシンと対戦。コブラクローでシンが長州からフォール勝ち。
セミファイナルは坂口、マサ齋藤組の明大同期の桜コンビ、vsジ・アジアン・テローズ1&2号。(45分3本勝負)
アジア人という触れ込みだった謎のマスクマンチーム、アジアン・テローズは赤いマスクに赤の上下コスチューム。
試合運びはベテランらしく、坂口、M齋藤も翻弄される場面がしばしばあり、1-1から両チームリングアウトの引き分けとなりました。
セミが長引いた為、メインの猪木vsタルバー・シンが全く放送されずに中継が終わってしまうという珍事がありました。
この日の放送はプロ野球中継が入った為、関東地方は午後11時15分からのディレイ放送となりましたが、テレビ朝日の場合は生中継と同じ映像で編集せずに試合を流しており、夜遅くまで起きて観戦している熱心な視聴者に対しての配慮を欠きました。
その点、日本テレビの全日本プロレス中継は野球シーズンは巨人戦の中継があり、土曜日と言うこともあって深夜枠(関東地方は午後11時45分から)に移行することがしばしばあり、その回数はテレビ朝日とは比較にはなりません。(当時は月、金曜日は原則ゲームが組まれていなかった)
しかし、日本テレビは当日収録のディレイ放送でもきちんと編集された番組を提供しており、プロレス中継の老舗としての信頼と信用をファンに対して見せています。
6月29日、大阪府立体育会館ではシンのアジア・ヘビー級王座に坂口が挑戦。
1本目、ジャンピング・ニーアタックから坂口が先制フォールを奪うも2、3本目をコブラクローで連取されて2-1で坂口の完敗、シンが初防衛に成功しました。
セミではこの日から参戦の上田馬之助がS小林と対戦して反則負け。1〜2月の新春黄金シリーズにおける新日本初参戦の時は福岡、大阪、日本武道館の3大会のみのビッグマッチ限定出場だった上田はようやくシリーズ参戦を果たします。
セミ前に行われた猪木、長州組とアジアン・テローズの一戦は猪木がテローズ1号のマスクを剥がしてしまい反則負け。
正体は赤い悪魔と言われたレッド・デビルスの片割れ、エル(グレート)・ゴリアスでした。そうなると自ずと2号はブラック・ゴールドマンということになり、メキシカンであるゴリアス、ゴールドマン組は偽アジア人でした。
7月15日、札幌中島スポーツセンターではセミは猪木とゴリアスのシングル戦。ここで猪木は新型のストレッチ技「新卍固め」を披露しゴリアスからギブアップ勝ち。
しかし何故か猪木はこの試合しかこの技を使わず、いかにもルチャリブレのジャベといった感じがあまりお気に召さなかったかと思われます。
メインは坂口、S小林組にシン、上田組が挑戦したアジア・タッグ選手権試合。
1本目は奇襲をかけた坂口がジャンピング・ニーアタックから僅か3分17秒でシンから体固めで3カウントを奪いました。
しかし2本目以降は坂口がシン、上田に捕まり、鉄柱攻撃で流血させられた後はシンが持ってきたスパナで頭部を殴られ失神、場外でダウンしたまま立ち上がれず18分19秒、シン、上田組のリングアウト勝ち。
決勝の3本目は坂口が起き上がることが出来ず、試合放棄。2-1でシン、上田組が王座獲得。
2月の北米タッグ選手権の時は腕を痛めつけられたS小林が惨敗を喫しましたが、今回は坂口がやられました。
シン、上田組はこれで北米、アジアのタッグ2冠王者チームとなっています。
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