84年IWGP序盤戦のヤマ場となった第8戦の5月18日広島県立体育館(観衆8200人超満員、テレビ生中継)。
メインは公式戦で猪木と長州が1か月ぶりの一騎討ち。前回の4月19日、蔵前国技館での5対5勝ち抜き戦の大将戦では猪木の卍固めの前に無念のレフェリーストップ負けを喫している長州はスタートからパワーで猪木を圧倒。
猪木のキーロックを立ち上がってリフトアップすると後方へ投げ捨てていきます。場外戦で痛めた猪木の左足を捕らえるとガッチリとサソリ固め。
さらにリキラリアットでとどめを刺しにきたところ猪木は素早く長州の背後に回り込んで逆さ押さえ込み。16分48秒、猪木が薄氷の勝利で15点。長州は5点で足踏み。
セミは藤波vsアンドレ・ザ・ジャイアントの一戦。藤波はまたもアンドレには何もさせてもらえず両腕をロープに絡めたアンドレに突進していき人間エクソゼミサイルと言われたカウンターのビッグブートを食らい、僅か2分57秒ヒッププッシュでフォール負け。アンドレは19点、藤波は10点。
この日の試合を最後に一旦はアメリカに帰国するハルク・ホーガンはセミ前のスペシャル・タッグマッチに出場、NWAの総本山、セントルイスに興行戦争を仕掛けた時の対戦相手だったマスクド・スーパースターと呉越同舟のタッグを結成し、ディック・マードック、アドリアン・アドニス組と対戦。
WWF世界ヘビー級王者とWWF世界タッグ王者チームの対戦という豪華な組合せとなりましたがホーガンがアドニスをアックスボンバーからの体固めに破り勝ち星をあげています。
第9戦は5月19日、岡崎市体育館(観衆4200人)。アドニスとスーパースターが対戦し両者リングアウト。アドニスは11点、スーパースターは3分で6点とまだ勝ち星なし。
第10戦は関東地区に来て5月20日銚子市体育館(観衆3500人超満員)。長州とケン・パテラの72年ミュンヘン五輪出場者対決、(長州はレスリング、パテラは重量上げ)3年前の81年の来日時はパテラが猪木のNWFヘビー級王座へのコンテンダーだった為、2月1日、豊前市体育館では7分27秒、4月7日、大津市皇子が丘体育館では7分15秒でいずれもパテラが片エビ固めで完勝しています。
しかしこの3年で新日本マットにおける両者のポジションは逆転し、この日は7分19秒、サソリ固めで長州があっさり勝利を挙げています。長州は10点、パテラはまだ勝ち点0。
坂口征二ばりに両者リングアウト、両者フェンスアウトが続いていたスーパースターはこの日ようやくビッグ・ジョン・クインに体固めで勝ち5点を加え11点。クインは初の新日本参戦でまだ本領発揮とはいかず0点。
第11戦は5月21日新潟市体育館(観衆4500人満員)メインでは猪木がスーパースターを8分51秒、体固めで降し4戦4勝の20点と単独首位になりました。
マードックはクインを回転エビ固めに丸め込んで12点。
1日のオフをおいて、第12戦は5月23日、前橋・群馬県スポーツセンター(観衆4200人超満員)。
アンドレとスタッドのWWF地区の因縁の抗争が日本でも2年連続で実現。2メートル対決はアンドレのアームブリーカーにスタッドがギブアップしアンドレが24点で首位に。
スタッドはこの一戦で腕を負傷した為残りのリーグ戦を棄権し途中帰国、勝ち点2で終わっています。
実際はWWFの試合スケジュールによるものでした。ちなみにスタッドが開幕戦の福岡で唯一引き分けたスーパースターとは77年3月にスーパースターが新日本に初参戦した時に、ゴング誌にスーパースターの正体がスタッドの前のリングネーム、チャック・オコーナー(あるいはキャプテンUSA)では?と取り沙汰されたことがありました。
スタッドは76年にWWWFで黒覆面のエクスキューショナー2号を名乗っていたところからこの説が浮上しており、流石のゴングもボロ・モンゴルのスピード出世は見抜けなかったのでした。
その後スタッドはジョージアではマスクド・スーパースター2号を名乗っていた時期もありましたからさながら「マスクド・スーパースター対決」でもあった訳です。
試合が大味な為、日本ではあまり評価されず最後の来日となってしまいました。
藤波はオットー・ワンツを前方回転エビ固めに丸め込み15点と追い上げて来ています。
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