84年3月21日、新日本プロレスは前年開館したこの時点での国内最大規模の室内多目的ホールである大阪城ホール(大阪城国際文化スポーツホール、最大収容人員16000人)へ初進出を果たしました。
これまでは東京・北の丸にある日本武道館(同14214人)が最高でしたが、武道館は新日本では80年9月30日のワンナイト興行、ファン感謝スーパーファイト(猪木vsケン・パテラのNWFヘビー級選手権試合、ボブ・バックランドvsスタン・ハンセンのWWFヘビー級選手権試合他4大タイトルマッチを開催)から興行をやっておらず、またこの時が7500人発表と不入りだったことから二の足を踏んでしまい、タイガーマスクブームだった前年も日本武道館の開催はやっておりません。
東京以上にシビアな観客が多いとされる大阪でのビッグマッチでしたが、これは前年暮れに新日本プロレスを退職した元営業部長の大塚直樹が代表を務める新日本プロレス興行(以下、新日本興行)への売り興行でした。
従って客が入っても入らなくても、新日本プロレスへの入金金額は定額が保証されている訳です。
この日新日本プロレスが提供した主要カードは、猪木、坂口組vsディック・マードック、アドリアン・アドニス組。 藤波vs谷津嘉章。藤原喜明vs長州。
藤原vs長州の遺恨試合はありましたが、どう見ても普通のカード、テレビ中継もありません。国内最大規模の大会場初進出に相応しいかというと?です。
札幌で流れた藤波vs長州のWWFインターナショナル・ヘビー級選手権試合を持ってくる位は最低でも必要だったかと思います。
おそらく、新日本興行は新日本から提供されたカードを見て「舐められた」と思ったことでしょう。
藤原vs長州の遺恨試合、綾瀬の再戦は藤原がテロリストの本領を発揮し、いきなり長州めがけてパウダー攻撃。
目を押さえてのたうち回る長州にスタン・ハンセンのブルロープばりの麻縄を持ち出して首を絞めあげていきました。
長州の髪をつかんで一本足頭突きを連発、しかし長州は藤原の一本足に入るモーションの隙をついて懷に入り込みすかさず捻りを加えたバックドロップ。
攻守逆転し長州は助走をつけてのリキラリアット一発、そのまま覆い被さって4分22秒、体固めで長州のフォール勝ちとなりました。
セミで行われたシングル初対決となる藤波と谷津の一戦は前の試合での興奮が収まらない長州が乱入して藤波にリキラリアット。セコンドにいたアニマル浜口、寺西勇らも加わり藤波を控室に拉致。このあたりは国際軍団時代によく使っていた手口で浜口、寺西にはお手のものでしたが…。
結果は5分36秒、藤波の反則勝ちとなりました。
メインの猪木、坂口組とマードック、アドニス組の一戦はスーパー・バイオレンスコンビの連係を凌ぎ切った猪木が9分20秒、延髄斬りからの体固めでアドニスから勝利。乱戦の多かった大阪城大会でしたが猪木がメインを締めてみせた…と思いきや、試合後、長州、浜口、谷津、寺西の維新軍が乱入。
4人がかりで猪木の肘を狙って集中攻撃し、長州が猪木にリキラリアット。
猪木は若手に肩を借りての退場する醜態を見せてしまいました。加速する正規軍と維新軍の因縁は翌日3月22日のシリーズ最終戦、尼崎市記念公園体育館に持ち越しとなりました。
初の大阪城ホール大会の観客は11500人発表、満員とは成らず、9500人と書かれていた媒体もありましたのでおそらく後から上方修正して水増し発表したかと思われます。
売り興行のカードが悪いのはこの時に始まった話ではなく、現在の新日本にもその傾向はありますが、お互いに持ちつ持たれつ、儲かる、儲けさせる考えがないといい商売にはならないものです。
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