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2015年03月13日23:57

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ジャンボ鶴田怪物伝説(171)

81年10月2日、後楽園ホールで創立10周年記念ジャイアント・シリーズ開幕戦が行われています。

日本側はニュージーランド遠征に行っていたプリンス・トンガ(キング・ハク)が凱旋、また大木金太郎が特別参加しています。

豪華メンバーが集結しただけあり開幕戦から注目のカードが続出しています。

メインは10月6日、仙台・宮城県スポーツセンターで行われるインターナショナル・タッグ選手権試合の前哨戦、馬場、鶴田組vsブルーザー・ブロディ、ジミー・スヌーカ組の60分1本勝負。

日本プロレス史上に名を残すタッグチームの1つであるブロディ、スヌーカ組はこの日が初のタッグ結成となりました。

試合は12分5秒、ブロディがキングコング・ニードロップから馬場を体固めに降し、ブロディ、スヌーカ組の快勝。

セミではフリー参戦の阿修羅・原が天龍といきなりのシングルマッチ。

新日本プロレスとの対抗戦の記者会見にも出席し藤波との対戦が発表されていた原ですが、

前に書いた通り「自分と大してキャリアの変わらない天龍が全日本所属と言うだけでフレアーのNWAに挑戦出来るというのはおかしい」

とターゲットを突如天龍に定めての全日本参戦でした。

近年、原は「あの時は藤波に申し訳ないことをした。」とコメントしていますが、これは後に金銭問題で馬場に解雇されたからでしょう。

このシリーズ、NWA世界ヘビー級王者リック・フレアーへの挑戦者は天龍(10月6日仙台)、テリー・ファンク(7日横浜文化体育館)、鶴田(9日蔵前)の3人で、3度同王座を獲得している馬場は挑戦者から外れました。

この理由について馬場は、「自分より遥かに年下(11歳差)のフレアーにはさすがに挑戦する気にはなれんよ。ノースカロライナの控室でフレアーが挨拶に来た時に

『お前、今度全日本に呼んでやるからな』と言ったら奴は直立不動で『イエスサー、サンキューサー、ミスター・ババ』と言ったんだ、そんなフレアーには俺の方から挑戦することはもう出来ないなぁ。」

とコメントしています。フレアーがモチーフとしているバディ・ロジャースに挑戦経験のある馬場にとってはNWA世界ヘビー級王座はもう「卒業」だったのでしょうか。

77年11月にラグビー日本代表から国際プロレスに入団した原は天龍とキャリアは1年違いの後輩になりますが、年齢は天龍より3歳上。

こう言っては悪いですが、国際に入団してしまった事でレスラーとしてはマイナーな道を歩んでしまいました。

78年6月26日、大阪府立体育会館で寺西勇を相手に15分時間切れ引き分けでデビューした原は直ぐにカナダ・カルガリーへ修行に出発。

現地ではミスター・ヒト、稲妻二郎に教わりながらプロレスを学び翌79年1月に凱旋帰国。

5月6日、後楽園ホールでは新日本との提携路線でやって来たミレ・ツルノを破りWWU世界ジュニア・ヘビー級王座を獲得しました。

ダイナマイト・キッド、ローラーボール・マーク・ロコ(初代ブラック・タイガー)らライバルには恵まれたものの、「ダンプガイ」と呼ばれた原の試合スタイルはジュニアのリズムには合わず。

80年4月3日、新日本の蔵前国技館では藤波のWWFジュニア・ヘビー級王座に挑戦もあしらわれたようなサブミッションの前にギブアップ負け(決まり手は逆片腕固め)。

これを機にヘビー級に転向を表明しアメリカ修行を会社に直訴しましたが、国際の懐事情により半年近くも延ばされました。

80年秋ようやくルイジアナ、オクラホマを中心に活動していたMSWAに遠征。

81年4月18日、後楽園ホールにヘビー級戦士として凱旋帰国を果たした原はスティーブ・オルソノスキーに新技雪崩式ブレーンバスター(スーパープレックス)で完勝。

5月16日には後楽園でマイティ井上と組んでポール・エラリング、テリー・ラザン組を金網デスマッチで破りIWA世界タッグ王座を奪取。

国際の救世主となるかと思われましたが、東京12チャンネルのレギュラー放送を3月一杯で切られていたおり時既に遅し。

国際は崩壊し所属選手はバラバラになっていました。ちなみに原は井上達とは別ルートでの全日本参戦でした。

試合は両者真っ向からぶつかり合う死闘となり天龍がロープ際で放ったブレーンバスターがもつれ同体で場外転落、13分24秒、両者リングアウトの引き分け。

この試合を高く評価した馬場が原の全日本入団を決めています。

ドリーとテリーのザ・ファンクスはアジア・タッグ王者チームの石川隆士、佐藤昭雄組と対戦しテリーが佐藤に回転エビ固め。

共に「変身」してからの全日本初戦になる上田馬之助、アレックス・スミルノフ組はトンガ、入団第1戦となる井上組と対戦し反則負けとなっています。スミルノフはこの時お馴染みだったスキンヘッドではなく、髪の毛を伸ばしており、凄味に欠けました。

翌10月3日の富山市体育館ではノーテレビながら馬場のPWFヘビー級王座にブロディが挑戦。

1本目は5分2秒、ブロディがアトミックドロップから片エビ固め、2本目は3分14秒に馬場がコーナーポスト最上段からのフットスタンプ(アトミック・ボムズアウェー)からの片エビ固め。

決勝の3本目は場外でチェーンを持ち出したブロディと馬場が乱闘となり1分56秒、両者リングアウト。1-1の引き分けで馬場が9度目の王座防衛に成功しています。

セミでは最後のIWA世界タッグ王者チームだった原、井上組が全日本でタッグを復活させてザ・ファンクスと対戦、ドリーが井上を首固め。

鶴田は天龍とのタッグでスヌーカ、スミルノフ組と両チームリングアウトとなっています。
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