プロレスリング・ノア07年5〜6月ツアー、6月3日、札幌・北海道立総合体育センター北海きたえーるで三沢光晴にバイソン・スミスが挑戦したGHCヘビー級選手権試合が行われています。
北の聖地と言われた札幌中島体育センター(正式名称は北海道立札幌中島体育センター別館)が99年に閉館した後、新たな北海道のプロレスの本拠地になるかと思われた北海きたえーるでしたが、10,000人を収容すると言われるきたえーるを満員にすることはどこの団体もなかなか難しく、北海道のプロレスのビッグマッチは月寒グリーンドーム(6,000人収容)での開催が多くなっていました。
新日本プロレスも04年2月1日の天山広吉&西村修組vs高山善廣&鈴木みのる組のIWGPタッグ選手権が行われた大会を最後に撤退していますし、猪木時代から続けられてきた2月の「雪祭り興行」も05年を最後に一旦撤退、ブシロード体制になって丸5年経過した17年2月5日の北海きたえーる大会、(オカダ・カズチカvs鈴木のIWGPヘビー級選手権試合がメイン)まで12年間開催がありませんでした。
ノアは03年11月30日に小橋建太&本田多聞組vs新日本プロレスの永田裕志&棚橋弘至組のGHCタッグ選手権が行われた大会を最後に月寒グリーンドームにビッグマッチをシフトし、メディアパーク・スピカ土日2連戦が興行の中心となりました。
この日の観客発表は3,800人(超満員発表)となっていますので、この日会場に行っていませんので確かな事は言えませんが、おそらくサブアリーナで開催された可能性があります。実際に会場でご覧になった方の情報も聞いてみたいです。
もちろん東京スポーツも週刊プロレスにもサブアリーナの記載はどこにもありませんが。
メインイベントの三沢vsバイソンのGHCヘビー級選手権試合。試合は静かな立ち上がりを見せましたがコーナーに上ったバイソンに三沢が下からのエルボーを見舞ってから動き出し、この一撃でバイソンはロープに左足を引っ掛けて宙吊り状態に。三沢は痛めたバイソンの左足をグラウンドでレッグロックに決めて動きを封じる作戦に出ます。
場外に転落したバイソンに三沢はエルボー・スイシーダ。さらにタイガードライバーでバイソンの巨体を叩き付けていきました。序盤からは三沢のペースでしたが、バイソンも徐々にパワーを発揮して反撃。
トップロープから場外へのダイビング・ショルダータックル、さらに鉄柵越えのショルダータックルで三沢を客席まで吹っ飛ばしていきます。
リングへ戻るや三沢を軽々とリフトアップし、そのまま花道へ放り投げていき、さらに三沢さんを追っかけて花道でのバイソンテニエル。カウント18でようやく三沢はリングにカムバック。
三沢のエルボーをバイソンは何とアイアンクローでキャッチ。その後アイアンクロースラム、バイソンテニエルと畳み掛けて勝負に出ますがこれは三沢がクリア。バイソンは三沢の弱点である首を後ろからつかんでマットに何回も叩き付けてからコーナーポスト最上段へ。
これを見ていた三沢は逆に雪崩式エメラルド・フロウジョン、これはバイソンがカウント2で返す。ならばと三沢は走り込んでの後頭部へのエルボーで24分53秒、片エビ固めでバイソンをフォール。3度目のタイトル防衛を果たしています。
バイソンはパワーでは三沢を圧倒しましたが試合運びとインサイドワークの巧さでは三沢の方がまだまだこの時点では上回っていました。
セミファイナルは鈴木鼓太郎&リッキー・マルビン組にドラゴンゲート「戸澤塾」の新井健一郎&岩佐拓組が挑戦したGHCジュニア・ヘビー級タッグ選手権試合が行われています。
ドラゴンゲートは基本的には「ユニット・プロレス」です。一定の期間を過ぎると所属選手がベビーターン、ヒールターンを繰り返し、ユニットの名前やメンバーを替えていきます。ですからずーっと継続して見ていないとストーリーがわかり辛そうに思えますが、選手が試合前や試合後のマイクアピールでそれとなくストーリーテラーの役割を果たしており、一見さんでも「何となく」わかるようになっているのはさすがだと思います。
試合はいきなり鼓太郎が岩佐にブルーディステニーを決めてみせ、あわやと思わせましたが、これは岩佐がクリア。
ドラゲー勢は巧みな連係で王者チームを撹乱しましたが、最後は鼓太郎が新井をエクスカリバーからのブルーディステニーで24分2秒、体固めでフォール。3度目のタイトル防衛に成功しています。
6月8日横浜文化体育館(観衆3,200人発表)大会。メインイベントは秋山準&力皇猛組にディーロ・ブラウン&ブキャナン組のRODが挑戦したGHCタッグ選手権試合。
序盤は秋山がつかまり、ディーロが場外の机に秋山を固定しての鉄柵越えのローダウン。ブキャナンは秋山にオールドスクール(ジ・アンダーテイカーのロープ伝い歩き)を披露。さらにダウンした秋山にブキャナンがディーロに雪崩式フランケンで投げた状態からディーロが秋山にローリング・セントーンを決める合体技。
ブキャナンは力皇にアイアンボムを見せましたが2発目は力皇がチョップでカット。そこへ後ろから秋山がブキャナンにダイビングエルボーから串刺しニー。最後は力皇の無双がブキャナンに決まり、20分57秒、片エビ固めでフォール。 秋山&力皇組が2度目のタイトル防衛を果たしています。
セミファイナルは開幕戦の後楽園ホールでテロ攻撃を受けた丸藤正道が「平成のテロリスト」村上とシングルで一騎打ち(60分1本勝負)
入場前から丸藤を襲撃した村上。丸藤は観客の前に現れた時は既に額から流血。村上は椅子を使って丸藤の喉を攻撃しますが、丸藤も椅子を使ってお返し、マウントパンチから椅子で村上の脳天を思い切り一撃。
村上の得意なコーナーに押し込んでの踏みつけに丸藤も顔面ウォッシュで返す。丸藤はジャーマンを決めるも村上はカウンターのSTOに決めて切り返し、STOを計3発見舞った村上が5分50秒、片エビ固めでフォール勝ち。
試合後もパンチを打ち込んでいく村上に怒った丸藤も村上を場外に追っていき乱闘。天才・丸藤の違った一面を引き出した村上は、前年の三沢との不本意な内容の試合を払拭するような内容を見せました。
この因縁が今後も続くかと思われましたが村上がこの後7月のZERO1-MAX参戦時の大谷晋二郎戦で頭部を負傷して長期欠場となってしまった為、対戦は現在のところこの一回で終わっています。
三沢は小川良成と組んでセミ前に出場、ムシキング・テリー&マルビン組と対戦。小川がテリーの飛び付き前方回転エビ固めを押し潰してのフォール勝ち。勝った小川はチビっ子達のヒーロー、テリーのマスクを剥がしてしまいました。セコンドの投げたタオルで顔を被って無言で引き上げるテリー。
これで小川がジュニアのタイトル戦線に参戦するかと思われましたが結局小川がノアでジュニアのシングル王座に絡むことはなかったです
第5試合では志賀賢太郎&川畑輝鎮組のパンパーズが高山&杉浦貴組と対戦、杉浦がオリンピック予選スラムに来たところを志賀が丸め込んでカウント3。(公式記録は回転片エビ固め)帝王・高山と上り調子にあった杉浦のタッグからパンパーズがまさかの金星を挙げ、次期GHCタッグ王座挑戦へ名乗りをあげています。
ツアーの終盤を欠場してアメリカROHに遠征した森嶋は6月8日マサチューセッツ州ロックスベリーでジェイ・ブリスコを、翌9日にはペンシルバニア州フィラデルフィアでロドリック・ストロングを連破し、ROH世界王座の連続防衛に成功しています。(いずれも現地時間)
7月ツアー最終戦、7月15日日本武道館大会は14,600人(超満員発表)。実際はこの時も1階スタンド席の一部を黒いシートで被っており、以後はこのシートが残念ながらこのシートの幅が少しずつ広くなっていきました。この日は試合順に振り返ってみたいと思います。
このシリーズ開催されていた「日テレ杯争奪ジュニア・ヘビー級タッグ・リーグ戦」はこの日が最終戦。
まずは第6試合、首位6点の丸藤&飯伏幸太(DDT)組vsKENTA&石森太二組の公式戦(公式戦は全て30分1本勝負)試合はめまぐるしいノンストッププロレスを展開。飯伏がKENTAの痛めている左膝にローキック、丸藤もKENTAにロープを利用してのドラゴンスクリュー。
KENTAは飯伏をブレーンバスターに担ぎ上げ、ロープに叩きつけておいてコーナー最上段からニードロップ。ダウンした飯伏に石森がスワントーン・ボムを敢行、この後飯伏がつかまる場面が続きます。
飯伏はようやく丸藤にタッチ。丸藤は時間差ロープワークでKENTA、石森を翻弄し、KENTAに腕決め式ドラゴンスクリュー。丸藤のトラースキックとKENTAのラリアットの相打ち。丸藤は不知火狙いにいくもコーナーに押し込まれ不発。ならばとコーナーからダイブした丸藤をKENTAがスタナーで切り返す。
ここで石森に交代し丸藤に雪崩式フランケンシュタイナー、丸藤のチョココロネを外しての顔面低空ドロップキック、これは丸藤がかわして見せるも石森はその場飛びのムーンサルト、丸藤を場外に落とすも、逆にスワンダイブ式ラリアットを食らってしまいます。
代わった飯伏はレッグラリアットからハイキック、その場飛びのスターダストプレス。石森もオーバーヘッドキックから逆打ち。そしてスーパースターエルボー、飯伏はこれをキャッチすると高速ジャーマン。石森の延髄斬りと飯伏のハイキックの応酬。
ここでKENTAが入り、飯伏にブサイクへの膝蹴り、ここから試合は4者入り乱れてのスピーディな攻防となり、飯伏は「ムーンサルトムーンサルト」を見せ、フェニックス・スプラッシュ。
これをカットした石森は飯伏にスワントーン・ボム、回復したKENTAが飯伏にタイガー・スープレックス、さらにとどめとばかりgo2sleepにいくところで飯伏が回転十字固めで切り返し、あわやの場面を作ります。
しかしKENTAは飯伏とのキック合戦を制するとgo2sleepへ再度トライ。今度は完全にヒットしさすがの飯伏も返すことが出来ず21分43秒、片エビ固めでKENTAのフォール勝ち。
KENTA&石森組が7点を上げ、次の鼓太郎&マルビン組vsブリスコ兄弟の公式戦の結果待ちとなりました。
敗れた飯伏でしたが、メジャーでも十分ジュニアのトップを張れる身体能力とテクニックを見せ、武道館のファンにその実力を証明してみせました。
続く第7試合は公式戦最後のカード、鼓太郎&マルビン組vsジェイ&マークのブリスコ兄弟の一戦。1月の武道館大会での同一カードでは鼓太郎&マルビン組ブリスコ兄弟を破り、GHCジュニア・ヘビー級タッグ王座を獲得しています。
共に5点同士、武道館に詰めかけたファンは鼓太郎、マルビン組がブリスコ兄弟を返り打ちにし、KENTA、石森組との優勝決定戦が実現することを期待していました。試合は鼓太郎が場外のマークにプランチャ、さらにマルビンがローリング式ロメロスペシャルにとらえたところを鼓太郎がギロチンドロップ。ダブルのファンネル(619)とブリスコ兄弟に負けない連係を披露。
しかし、ROHタッグ王者であるブリスコ兄弟も負けじと粘り、ジェイが鼓太郎にクロスフェース、鼓太郎がジェイを鎌固めに捉えるやマークが場外からロープ越しのダイビング・ヘッドバットでカット。
ジェイが抱えたマルビンにマークがスワンダイブ式のスレッジハンマー、鼓太郎には強烈なダブル・インパクトと実の兄弟らしい見事な連係プレー。鼓太郎とマルビンはジェイにシャイニング・インパクトを決めるもフォールは奪えず、あっと言う間に残り試合時間は僅かに…。
試合の終盤、マークのトラースキックはマルビンがかわしたが、その蹴りは誤って福田明彦レフェリーに誤爆。ダウンする福田レフェリー。この間、鼓太郎とマルビンはジェイに合体式ブルーディステニーを決めてフォールの体勢に入ったがレフェリーはダウンしたままでカウントは入らず、無情にも試合終了のゴングが鳴り30分時間切れ引き分けに終わりました。
この瞬間、鼓太郎&マルビン組とブリスコ兄弟は共に6点で公式戦を終了。7点のKENTA&石森組の優勝が決定しました。
しかし、優勝決定戦を期待していた館内の一部のファンからは、ブーイングが起き、その後行われた表彰式も盛り上がらず、ブーイングは止まりませんでした。
ここがプロレスの難しいところで、野球、相撲でも最多勝利者が優勝になるのは当たり前の話です。
野球では現在はリーグ優勝とは別に日本シリーズへの出場権をかけたクライマックスシリーズが行われていますが、日本シリーズに出られなかったからリーグ優勝がなくなるようなことはないです。
2位が浮上してくるリーグ戦というのはおそらくプロレスだけかと思います。
しかし、興行的には2位が浮上して来た方が面白くなります。全日本プロレスの94年の世界最強タッグ決定リーグ戦、セミファイナルで三沢&小橋組がスティーブ・ウイリアムス&ジョニー・エース組を破り、メインイベントのスタン・ハンセン&馬場組vs川田&田上組で馬場組が勝ったものの、セミで勝った三沢&小橋組の優勝が決定した時の観客の反応は、やっぱり微妙な感じで、最強タッグは翌年から最多得点チームが優勝するのではなく、1位と2位との間で優勝決定戦が行われることになりました。
ではこれがいいか、というと必ずしもそうとも言えず、98年にリーグ戦を全勝したハンセン&ベイダー組が優勝決定戦で2位の小橋&秋山組に敗れ、優勝できなかったというのも私は納得いかなかったですね。
最近ではABブロック別のリーグ戦が主流になって来ていますが(長いシリーズが組めなくなって来ているのに対する苦肉の策ということも言えます。)とにかくこの日テレ杯争奪ジュニア・ヘビー級タッグ・リーグ戦は最後の最後はハッピーエンドで終わることはありませんでした。
それにしても、自分達の思うようにならないからといってブーイングをするのは民度が低いと言わざるを得ません。
セミファイナルは秋山&力皇組に志賀(アニキ)&川畑(カシラ)のパンパーズが挑戦したGHCタッグ選手権試合。
試合は序盤から志賀がつかまり、川畑にタッチしようとする志賀のパンチ頭をつかんで阻止する秋山。パンパーズも川畑が力皇にアックスボンバー、さらにダウンした力皇の上に志賀が川畑を雪崩式ブレーンバスターの要領で投げてダイビングセントーン。
ここから川畑はムーンサルトにいくがこれは自爆、しかしパンパーズも秋山にダブルインパクト、川畑のアックスボンバーから志賀の逆さ押さえ込みの連係で粘りを見せました。
最後は秋山が志賀にリストクラッチ式エクスプロイダーから力皇が無双を決めて27分11秒、体固めでフォール勝ち。秋山&力皇組が3度目の防衛に成功しています。
パンパーズはよく頑張ったと思いますが、所詮中堅レスラーの域を出ることはなく王者組と力量差があったのは確かで、やや盛り上がりに欠けたのは事実でした。この試合前06年4月23日日本武道館での秋山vs井上雅央のGHCヘビー級選手権試合同様、後楽園ホールでやった方が良かったのでは?という気がしました。
メインイベントは三沢に田上が挑戦したGHCヘビー級選手権試合。両者のシングル対決は04年8月1日、愛知県体育館依頼約3年ぶり(30分時間切れ引き分け)タイトルマッチでは01年5月18日札幌・北海道立総合体育センター北海きたえーる大会でのGHCヘビー級選手権試合(王者・三沢がエメラルド・フロウジョンで勝って防衛)以来実に6年ぶりのこと。
武道館に集まったファンは田上を後押し。三沢は田上に久々のフェースロック。さらに場外に落ちた田上にエルボー・スイシーダ、上がってくるところをダイビング・エルボー。
グラウンドではかつてベイダーを欠場に追い込んだ裏十字固めで田上の動きを止めてみせました。
しかし、この日、田上火山が大噴火。場外の三沢に対してトペ。ランニング・ネックブリーカードロップからつくば薪割り、ビッグブート、ダイナミック・ボムと大技の連発。コーナーに背を向けた三沢の後頭部にビッグブートを叩き込んでいきます。
田上はとどめとばかり「俺が田上」(バックドロップとノド輪落としの複合技)これは三沢がカウント2でクリア。三沢はランニングエルボー、通常のエルボーの連打。コーナー上に田上を乗せて雪崩式エメラルド・フロウジョン。これは田上がクリア。
ならばと三沢は垂直落下式ブレーンバスターの体勢からそのまま落とす新技の変形エメラルド・フロウジョン。脳天から真っ逆さまに落とされた田上はこれは返すことが出来ず、16分44秒、体固めで三沢が田上をフォール。4度目の防衛を果たしました。
王者45歳、挑戦者46歳の合計91歳対決(と、マスコミには書かれた)は三沢の勝利に終わり、これが両雄の最後のシングルでの対戦となりました
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