全日本プロレス「オープン選手権」第9戦、12月15日仙台・宮城県スポーツセンター(テレビ収録、観衆6,000人超満員発表)大会ではファン投票「夢の対決」第1位に輝いたジャイアント馬場とジャンボ鶴田の師弟対決。試合開始早々、打点の高いドロップキックを顔面に決められた馬場でしたが、徐々にペースを取り戻し16分49秒、河津落としからの体固めで馬場がフォール勝ち。師匠の底力を見せました。
ドリー・ファンク・ジュニアとホースト・ホフマンの日欧対決は20分52秒、ドリーがヨーロピアン・クラッチ(欧州式エビ固め)で丸め込んでのフォール勝ち。この一戦はファンの間でも歴史に残る名勝負として高い評価を得ています。アブドーラ・ザ・ブッチャーとドン・レオ・ジョナサンの公式戦は、ブッチャーの140kgの巨体を軽々と投げ捨てたジョナサンでしたが、サンセット・フリップ(サマーソルト・ドロップ)を自爆、そこへブッチャーの毒針ジャンピング・エルボードロップが決まり3分9秒、体固めでブッチャーの勝利。ジョナサンは勝敗に淡白な弱点がこの試合でも出ました。
ザ・デストロイヤーとヒロ・マツダ、ディック・マードックとパット・オコーナーはいずれも30分時間切れ引き分け、グレート草津とケン・マンテルは11分37秒、両者リングアウトの無得点試合。
なお、この大会は国際プロレスへの売り興行、全日本プロレスは馬場vs鶴田戦の組まれた満員確実の大会を国際プロレスに売りました。大会に協力してくれた吉原功社長への謝意かと思います。なお、この日は力道山の13回忌命日当日であり、力道山が眠る東京の池上本門寺で法要があり百田義浩が仙台入り出来ず、リングアナウンサーは国際の竹下民夫が務めています。
第10戦、12月16日新潟県長岡市厚生会館(現アオーレ長岡、観衆4,000人超満員発表)大会、注目の初対決、ラッシャー木村とブッチャーの公式戦は5分20秒、両者リングアウトの無得点試合。
デストロイヤーとマイティ井上、マードックとホフマンは30分時間切れ引き分け、ジョナサンは草津を7分43秒、体固めで破り、前NWA世界ジュニア・ヘビー級王者のマンテルは元同世界ヘビー級王者のオコーナーを11分47秒、首固めで破る金星を挙げて嬉しい初勝利となりました。
第11戦、12月17日千葉公園体育館(テレビ収録、観衆4,000人超満員発表)大会、メインイベントは全日本プロレスvs国際プロレスの頂上対決、馬場とR木村の大一番が実現、しかし、試合途中で前夜16日、長岡でR木村と両リンとなったブッチャーが乱入してR木村を襲撃、R木村は額から大流血のダメージを負いました。
が、試合は続行され、血が目に入って視界不良となったR木村が馬場の河津落としの前に6分53秒に体固めでフォール負け。激しく抗議したセコンドの吉原社長でしたが、判定は覆らず馬場の勝利。後味の悪い結末でした。馬場はこれで公式戦3連勝で9点。最終戦のホフマンとの試合に優勝を賭けます。
セミファイナルは鶴田とブッチャーの公式戦、鶴田のピンチに師匠ドリーが入って助太刀した結果、8分31秒、ブッチャーの反則勝ち。セミ前のドリーvsジョナサンはドリーのキーロックをジョナサンが持ち上げ、そのまま場外に転落し17分12秒、両者リングアウトとなり、ドリーは手痛い無得点試合で9点。ここで2点取っておけば、最終戦の相手が鶴田なので無得点の可能性は低いところから痛恨の両リンでした。
デストロイヤーとホフマンは13分50秒、エビ固めでホフマンがフォール勝ち、マツダと井上の12月11日、日本武道館でのNWA世界ジュニア・ヘビー級選手権試合の再戦は30分時間切れ引き分け。
最終戦を前に優勝の可能性があるのが7戦4勝1敗1時間切れ引き分け1両リンで9点の馬場、ドリー。7戦4勝1敗2両リンで8点のブッチャー、7戦2勝無敗4時間切れ引き分け、1両リンで8点のマードックの4人。
最終戦12月18日、神奈川川崎市体育館(テレビ収録、観衆4,800人超満員発表)大会。先ず、優勝の可能性が残された8点のマードックはR木村と7分45秒、両者リングアウトの無得点試合となり8点で脱落。
マツダとマンテルのNWA世界ジュニア・ヘビー級、現・前王者代決は7分32秒、マツダがアバラ折り(コブラツイスト)で勝利。
ドリーと鶴田の日米師弟対決は鶴田が粘りを見せ30分時間切れ引き分け。ドリーは1点加点の10点で公式戦全日程を終え次の馬場vsホフマンの結果待ち、リングサイド最前列に座り試合を見つめました。
セミファイナルの馬場とホフマンの初対戦は10分5秒、馬場が河津落としからのネックブリーカー・ドロップ(ランニングではない通常版)からの片エビ固めで呆気なく勝利し11点を獲得、この後に行われるブッチャーvsデストロイヤーの最終公式戦の結果如何を問わず最多得点となり優勝が決定しました。
最終公式戦のブッチャーとデストロイヤーの因縁の一戦は8分50秒にブッチャーがリングアウト勝ちを収め10点でドリーと同点2位。最後にこの試合を持ってきたのはおそらく表彰式の準備の為でしょう。
優勝した馬場は新日本プロレスの「第2回ワールド・リーグ戦」優勝者(猪木)に贈られる予定だった栄光の日本プロレス、ワールド・リーグ戦優勝杯を手にしました。
三賞は殊勲賞が優勝した馬場に勝ったドリー、敢闘賞は鶴田とR木村、技能賞はマードックが受賞しています。
75年秋から暮れにかけての馬場の逆襲、大木金太郎の引き抜きに始まり、「猪木も参加可能」な「オープン選手権」、さらに力道山13回忌追善特別大試合によるアントニオ猪木包囲網で猪木は対馬場戦に対する興味が薄れ、翌76年からは「格闘技世界一決定戦」路線を邁進していくことになります。(完)
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