第418戦、12月3日発売号●【予想】「番付」を落とされた魔王が執念の王座奪回、PWF認定USヘビー級選手権試合、アブドーラ・ザ・ブッチャーvsザ・デストロイヤー(75年全日本プロレス桐生市民体育館)【正解】アジアタッグ史上最高の名勝負を締めた必殺卍固め、アジア・タッグ選手権試合、アントニオ猪木&吉村道明組vsジョニー・バレンタイン&ハーリー・レイス組(70年12月2日日本プロレス愛知県体育館)
【参考】 2014年12月3日発売号はプロレス興行が日本武道館に記念すべき初進出!インターナショナル選手権試合、ジャイアント馬場vsフリッツ・フォン・エリック(66年日本プロレス日本武道館)
【予想解説】74年「ジャイアント・シリーズ」10月5日、日大講堂でジャイアント馬場とのPWFヘビー級選手権試合で大流血の末、ドクターストップ負けを喫したブッチャーはシリーズ最終戦、10月10日、大阪・千里中央万博記念公園お祭り広場で春の「第2回チャンピオン・カーニバル」で血の抗争を展開したデストロイヤーの持つPWF認定USヘビー級王座に挑戦、1−1からブッチャーの反則負けで決着つかず。
ブッチャーは帰国後、オーストラリア時代から旧知の仲であるジム・バーネット主宰のジョージア州アトランタのテリトリーで売れっ子になりスケジュール調整がつかず、次の来日は1年後の75年9月26日、後楽園ホールで開幕した「ジャイアント・シリーズ」となりました。
全日本プロレスもこの時はブッチャーを1年間「寝かせておく」余裕があったと言えなくはないですが、75年という年は馬場が「日本プロレス時代にインターナショナル王座やワールド・リーグ戦決勝などで対戦した自分より年齢が上の『60年代の大物外国人』を最後にトップとして扱った年」と言え、ボボ・ブラジル、ディック・ザ・ブルーザー、ジン・キニスキー、ブルーノ・サンマルチノ、キラー・コワルスキー、フリッツ・フォン・エリックが相次いで来日し馬場と対戦。
この年以降、全日本プロレスの外国人レスラーのメンバーはブッチャー、ドリー・ファンク・ジュニア、テリー・ファンク、ハーリー・レイス、ビル・ロビンソンなど馬場と同年代か若い世代の『70年代の大物外国人』が中心になって来ます。
全日本プロレス内でも2月5日、テキサス州サンアントニオで鶴田が馬場と組んでインターナショナル・タッグ王座を獲得したことで、助っ人外国人のデストロイヤーのポジションが微妙に下がりました。
10月12日、1年前と同じ万博記念公園お祭り広場で因縁のデストロイヤーとブッチャーがPWF認定USヘビー級王座を賭けて対戦、試合は時間無制限1本勝負。デストロイヤーは両拳をバンテージでグルグル巻きにした「コンクリートバンテージ」でブッチャーの額をナックルで殴りつける反則攻撃。
ブッチャーはこの時の来日から裸足ではなく先の尖った「凶器シューズ」を履いており、凶器シューズと凶器攻撃でデストロイヤーを流血させ、白覆面が朱に染まりました。
デストロイヤーより11歳若く、まだこの頃はいくらか細かったブッチャーのスタミナが上回り、15分54秒、ブッチャーがジャンピング・エルボードロップからの体固めでフォール勝ち。ベルト移動でブッチャーが新王者になっています。
デストロイヤーとブッチャーの「番付」が完全に入れ替わった試合でした。
新王者となったブッチャーはシリーズ最終戦の10月30日蔵前国技館で鶴田の挑戦を受けて初防衛戦を行いました。試合は60分3本勝負。1本目は3分49秒、ブッチャーがジャンピング・エルボードロップから体固め、2本目は5分6秒、鶴田がフライング・ボディシザースドロップから体固め、決勝の3本目は3分47秒、ブッチャーがリングアウト勝ち。2−1でブッチャーがタイトル初防衛に成功しています。
12月には「オープン選手権」の開催を控えておりデストロイヤーにもはや年内に王座奪回するチャンスはないかと思われましたが、「ジャイアント・シリーズ第2弾」終盤戦にブッチャーが特別参加。12月3日桐生市民体育館でリターンマッチを挑みました。
試合は60分3本勝負、1本目は5分58秒、デストロイヤーがフライング・ボディシザースドロップから体固め、2本目は5分23秒、ブッチャーがジャンピング・エルボードロップから体固め、決勝の3本目は2分50秒、デストロイヤーがフライング・ボディアタックからの体固めでフォール勝ちし、2−1でデストロイヤーが2フォールを奪って王座奪回を果たしています。
【正解解説】本連載(42)で書いた通り、69年10月30日岐阜市民センターで猪木&吉村組がバディ・オースチン&ミスター・アトミック組を王座決定戦で2−1で破り、アジア・タッグ王座を獲得。
以後、猪木&吉村組は71年12月の猪木日プロ除名・追放処分まで同王座15回連続防衛記録を樹立することになりますが、流さんが猪木&吉村組の防衛記録の中で最も名勝負と評価するのが70年12月2日愛知県体育館でのバレンタイン&レイス組との防衛戦。
このシリーズは「インター・チャンピオン・シリーズ」ということで他に前NWA世界ヘビー級王者ジン・キニスキーが特別参加。他にドン・ダフィ、ロッキー・モンテロ、レス・ロバーツらが参加。馬場のライバルキニスキーと猪木のライバルバレンタインを同時に招聘する豪華版でした。バレンタインは日プロへの参加はこれが初。
先ず11月29日札幌中島スポーツセンターで猪木&吉村組とバレンタイン&レイス組がアジア・タッグ王座を賭けて対戦、1本目は21分13秒、吉村がレイスを体固め、2本目は13分44秒、レイスが吉村をエビ固め、決勝の3本目は60分時間切れ引き分けとなり、1−1で猪木&吉村組が9度目の防衛。
再戦として行われた愛知県体育館での一戦。1本目は24分20秒、吉村がレイスをブレーンバスターに来たところを首固めに丸め込んで先制、2本目は4分、バレンタインが流血した吉村をエルボードロップから体固め、決勝の3本目は5分45秒、猪木が宿敵バレンタインを卍固めでギブアップさせ、2−1で猪木&吉村組が2−1でついにバレンタイン&レイス組の強敵チームを撃破、10度目の王座防衛を果たしています。
※対戦成績は418戦64勝354敗、勝率153。
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