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2026年02月12日06:53

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週プロ流智美あの日あの時予想2025年総括(37)

第408戦、9月24日発売号●【予想】来日前に交通事故に遭った大木が必死のファイト、アジア・ヘビー級選手権試合、大木金太郎vsワルドー・フォン・エリック(76年全日本プロレス大宮スケートセンター)【正解】プロレス版・大本営発表の報道スタイルが横行した裏側、ボボ・ブラジルvsフレッド・ブラッシー(64年9月21日【現地時間】ニューヨークMSG)

【参考】 2014年9月24日発売号は「反則負け、王座移動ナシ」をついに見せられた衝撃、AWA世界ヘビー級選手権試合、バーン・ガニアvsストロング小林(73年国際プロレス札幌中島スポーツセンター)

【予想解説】前75年、新日本プロレスから全日本プロレスに闘いの場を移した大木は76年3月にはザ・デストロイヤー、グレート小鹿、大熊元司らを招いて前年10月に韓国での活躍を評価されて建立されたソウル市金一文化体育館で2連戦を行い、初日の3月25日には小鹿を2−1で破り、73年4月の日本プロレス崩壊から封印されていたアジア・ヘビー級王座を獲得。

翌26日デストロイヤーと激しい流血戦の末1−1から両者リングアウトの引き分けでインターナショナル王座を防衛。誰よりも敬愛していた師匠・力道山の遺産である2冠を獲得、防衛しました。

4月2日後楽園ホールで開幕した「第4回チャンピオン・カーニバル」に初エントリー、同大会は全日本プロレスとしては初の総当たりリーグ戦として行われ、17点をあげ、優勝のアブドーラ・ザ・ブッチャー、準優勝の馬場に次いで鶴田と並んでの第3位という好成績を残しました。

シリーズ終了後は5月18、19日の2日間でソウル市金一文化体育館大会開催、初日はザ・バラクーダ(マリオ・ミラノ)、2日目はサムソン・クツワダを下してインターナショナル王座を連続防衛。

6月にはクツワダが変身したタイガーマスクらを招聘して韓国ツアーを開催、タイガーマスクとインターナショナル王座防衛戦の3連戦を行い連続防衛。

8月6日にネバダ州レークタホーで行われたNWA総会では馬場の推薦でNWAへの加盟が「満場一致」で可決されました。新日本プロレスと商売していれば先ず不可能な話で、プロモーターとしても大きなブランドを手に入れることが出来た訳です。

順風満帆に来た大木でしたが、「好事魔多し」。8月31日深夜、ソウル市内のレストランで関係者と食事をした大木は運転手の運転する車で帰宅の途につこうとしていました。しかし、観光道路3号線に差し掛かったところで向かい側から走ってきたタクシーと正面衝突、大木の運転手とタクシー運転手に怪我はなかったですが、大木だけは全身打撲と頭部裂傷で全治20日間という重傷を負い、ソウル市内の順天郷病院に入院して、整形外科と形成外科の手術を受けたとのこと。

しかし、力道山に鍛えられた大木の精神力は生半可ではなく、9月8〜11日に行われた韓国での「NWA加盟記念ツアー」、9月24日大宮スケートセンターで開幕の全日本プロレス「ジャイアント・シリーズ」には頭部を包帯でグルグル巻きにして強行出場しています。

「ジャイアント・シリーズ」はアブドーラ・ザ・ブッチャー、ワルドー・フォン・エリック、ジェリーとテッドのオーツ兄弟、ジョン・グレイの外国人選手が参加。

大木は弟子のキム・ドク(戸口正徳)を連れて参戦、ドクはアメリカ遠征中に日本プロレスが崩壊し、帰る日本のリングがなくなっていましたが、大木のパートナーとして「韓国師弟コンビ」を組んでの参戦となった訳です。

この時全日本プロレスにはPWFヘビー級(馬場)、インターナショナル・タッグ(馬場、鶴田組)、UNヘビー級(鶴田)、USヘビー級(デストロイヤー)、アジア・ヘビー級(大木)、アジア・タッグ(小鹿、大熊組)と管理下の王座が6つも出来てしまい、このシリーズでは開幕戦から最終戦まで、タイトルマッチラッシュとなっています。

当時タイトルの防衛期限は6か月と言われておりましたが、6つのタイトルをフルに防衛戦を組む、というのも難しい話で、徐々におざなりになってしまうタイトルも出て来ます。

開幕戦の大宮では、大木にワルドー・フォン・エリックが挑戦したアジア・ヘビー級選手権試合が行われています。

ワルドーはリングネームの通り、鉄の爪フリッツ・フォン・エリックの弟、という事で売り出されましたが、血縁関係はなく、いわゆる「レスリング・ブラザー」でした。

大木は8月31日に韓国・ソウル市内で交通事故に遭い、頭部を包帯でグルグル巻きにし、見るも痛々しい姿で試合に出場しています。

大木はヘッドバットを打っても自分がダメージを受けてしまう位で試合はワルドーのペースで進みました。1本目は6分25秒、ワルドーがニードロップからの体固めで先制。2本目は1分23秒に大木が反則勝ち。決勝の3本目はブッチャーとドクが乱入して収拾がつかず1分30秒にノーコンテストとなり、タイトル預りとなっています。

【正解解説】タイトルと日付だけ見ただけでは意味が理解出来なかったコラムでしたが、日本プロレス時代の1954年〜1969年位までは、日本のプロレスマスコミから発せられるニュースはいいわゆる「大本営発表」というヤツで、日本プロレスに都合のいいニュースをマスコミが読者に向けて発信し、それが「史実」としてファンに認識されていた、という内容でした。

本稿で採り上げられているブラジルvsブラッシーのシングルマッチは、実際には9月21日に行われているのに、9月25日に行われたと当時の「東京スポーツ」が報道、流さんは当日のプログラムを提示して指摘。

さらにこの試合はセミファイナルの20分1本勝負(ドローとプログラムのメモに書かれている)なのに当該の東スポでは、メインイベントの時間無制限1本勝負で「ブラッシーが噛みつき攻撃でブラジルを血だるまにし、60分2秒にレフェリーストップ勝ち」と報じています。

ここでブラッシーの勝ち、と報道したのは日本プロレスがロサンゼルスのWWA世界ヘビー級王者を12月に招聘する予定があり、10〜11月にかけて当時の王者だったカウボーイ・ボブ・エリスにブラッシーとザ・デストロイヤーを連続挑戦させる計画があり、日本プロレスは「しょっぱいエリスでは客が入らない、ブラッシーかデストロイヤーを王者として送って欲しい」とプロモーターであるジュリアス・ストロンボーにリクエストしていたからだとのこと。

11月13日カリフォルニア州サンディエゴでデストロイヤーがエリスを破って王座獲得して来日、12月4日東京体育館で豊登の挑戦を受けて反則含みながら豊登がWWA世界ヘビー級王座を獲得し、力道山の一周忌に花を添えています。 

このように団体とマスコミがグルになってフェイクニュースを書いていた時代であり、インターネットもないからファンは団体からの発表と新聞、雑誌の報道を信じていた時代でした。(海外日付は全て現地時間)

※対戦成績は408戦63勝345敗、勝率154。
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