第386戦、4月16日発売号●【予想】猪木、バックランドに挑戦も王座奪取成らず。WWFヘビー級選手権試合、ボブ・バックランドvsアントニオ猪木(80年【現地時間】フロリダ州マイアミビーチ・コンベンションセンター)【正解】封印が決まっていたNWF戦が突然の挑戦者変更で大混乱!NWFヘビー級選手権試合、アントニオ猪木vsスタン・ハンセン(81年4月17日新日本プロレス鹿児島県立体育館)
【参考】2014年4月16日発売号は、鶴龍シングル初対決はドロー。馬場が意地のカーニバルV7、第10回チャンピオン・カーニバル優勝戦(82年全日本プロレス福岡国際センター)
【予想解説】猪木と藤波辰巳は80年「ビッグ・ファイト・シリーズ」が終わると休む間もなくメキシコ、アメリカへ遠征に出発。先ずは4月13日(現地時間)メキシコシティ・エル・トレオ・デ・クアトロ・カミノス大会に出場。
猪木はタイガー・ジェット・シンの保持するUWA世界ヘビー級王座に挑戦、1−1から反則勝ちとなり、ルールにより反則でもタイトルが移動するところから新王者となっています。
4月3日蔵前国技館でスタン・ハンセンに奪われていたNWFヘビー級王座に挑戦し12分55秒、ブレーンバスターからの体固めでフォール勝ちし55日ぶりに王座に返り咲きし、2冠王となりました。
藤波はフィッシュマンを2−1で破りWWFジュニア・ヘビー級王座を10度目の防衛に成功。
猪木、藤波は休む間もなく4月16日(現地時間)、フロリダ州マイアミビーチ・コンベンションセンター大会に出場。
猪木がロサンゼルス、WWFエリア以外のアメリカ本土のNWAテリトリーで試合をするのは海外修行時代以来実に15年ぶりとなりました。
猪木はボブ・バックランドのWWFヘビー級王座に挑戦。ハンセンを倒しNWF、シンを破りUWAと半月の間に2冠王者になった猪木には3冠への期待が高まりました。
試合は白熱した好試合となりましたが、21分24秒、猪木のコブラツイストがもつれて両者勢いでトップロープから場外へ転落、その際バックランドの身体の方が先に場外へ。
レフェリーのフレンチ・バーナード(後にレフェリーとして新日本へ来日、アンドレ・ザ・ジャイアントが亡くなる迄フレンチ夫妻と同居していた)はこれをオーバー・ザ・トップロープによる猪木の反則負けと見なしバックランドが王座防衛。
不完全燃焼で猪木の3冠の夢は消えています。
【正解解説】81年4月17日鹿児島県立体育館では猪木にハンセンが挑戦したNWFヘビー級選手権試合が行われています。
当初、鹿児島ではボブ・バックランドが猪木の王座に挑戦すると発表されましたがバックランドはアメリカでのスケジュールを優先させて前日の4月16日、大分・宇佐四日市セントラルボウル大会を最後に帰国してしまいました。
猪木はハンセンと鹿児島、蔵前最後のNWF2連戦を闘う事となりました。
試合はハンセンが場外でラリアットを浴びせ猪木はフェンス外へ。フェンスを乗り越えたハンセンは観客席で猪木を蹴りまくる大暴走。
13分24秒、ノーコンテストとなりタイトルはコミッショナー預かりとなっています。
これによりシリーズ最終戦、4月23日、蔵前国技館での猪木vsハンセンの一戦はNWFヘビー級王座決定戦となり、勝った方が新王者としてベルトを封印する事になりました。
※対戦成績は386戦61勝325敗、勝率158。
ログインしてコメントを確認・投稿する