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2025年07月25日07:19

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【特別編】前田日明のYouTubeにおける問題提起について(103)

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プロレスリング・ノア08年ラストツアー「Winter Navig.'08」11月27日、宮城・Zepp Sendai(観衆1,100人超満員発表)大会では丸藤正道の持つ世界ジュニア・ヘビー級選手権に地元、仙台出身、在住の菊地毅が挑戦しています。

10月25日、日本武道館で行われたKENTAの持つGHCジュニア・ヘビー級王座とのダブルタイトル戦に続き、2度目のノア所属選手同士によるタイトル戦となりました。

挑戦者の菊地は全日本プロレス時代、90年7月12日後楽園ホールで当時の王者・渕正信に初挑戦し、ジャーマン・スープレックス・ホールドの前にフォール負け。以来、渕の王者時代は5度挑戦し全敗。

渕から王座を奪ったダニー・クロファットには1度挑戦し1敗、クロファットを破った小川良成にも1度挑戦し敗れ、96年6月30日、後楽園ホールで渕が小川を破って王座に返り咲くと、同年7月24日日本武道館で渕に挑戦。ジャーマンでついに渕をフォール。8度目の挑戦にしてようやく王座奪取に成功、第16代王者となりました。

その後、菊地は浅子覚、ロブ・バン・ダムを相手に2度の防衛に成功したものの、97年1月15日後楽園ホールで小川のエビ固めに敗れ王座転落。これまで最後の挑戦は99年1月22日、後楽園ホールで小川に挑戦し、小川のバックドロップホールドの前にフォール負けし王座奪取は成らず。

菊地にとっては実に9年10か月ぶりの同王座への挑戦となりました。

地元・仙台でのタイトル戦とあって前半は張り切って試合を優勢に進めていましたが、菊地は全日本プロレスの超世代軍時代以来の激闘のダメージが身体に蓄積され、全盛期のようなファイトは難しくなって来ていました。

菊地の地元とあって丸藤はヒールテイストの試合展開、菊地の顔面を何度となく踏みつけ、観客のヒートを買っていきます。菊地も頭突き5連発で丸藤の動きを止めてみせましたが丸藤はグラウンドでコブラクラッチ式三角絞めで反撃。

菊地はジャーマン6連発から火の玉ボムで勝負に出るも丸藤はカウント2でクリア。ならばと菊地にしては珍しい関節技、チキンウィングアームロックで絞め上げるも丸藤はロープにエスケープ。

これで菊地は勝機を逃したか、丸藤は、往年の渕正信がかつて菊地に一連の世界ジュニア戦で見せたバックドロップの10連発を見せました。バックドロップからのフォールは意地で返した菊地でしたが、丸藤が続けて放ったポールシフト2連発はさすがに返すことが出来ず、23分13秒、片エビ固めで王者が3度目の防衛に成功しています。

勝った丸藤は王座を防衛しても悔然なる表情。試合後のコメントでも菊地に対し、「全くダメ」と酷評しながらも「仙台じゃなかったら3分で終らせてるよ。でもその3分を過ぎたところで頑張っていた。でもレスラーはみんな頑張らないといけないんだよ。」と菊地を認める発言もありました。

次の挑戦者には全日本プロレスのリングで暴れている東京愚連隊のNOSAWA論外が名乗りを上げています。

セミファイナルは三沢光晴&小川良成&リッキー・マルビン組のトリオが秋山準&金丸義信&鈴木鼓太郎組と6人タッグマッチ対戦。金丸が一瞬の首固めでマルビンを丸め込んでいます。

翌11月28日新潟市体育館(観衆1,900人発表)大会、メインイベントはバイソン・スミス&齋藤彰俊組に田上明&森嶋猛組が挑戦したGHCタッグ選手権試合。

97年に全日本プロレスに入門した森嶋は田上の付け人を務めていましたので師弟コンビとも言える挑戦者チームでした。

試合は王者組が分断作戦に出て、まずは森嶋を場外に設置したテーブルに合体式チョークスラムで叩き付けておいて戦闘不能にしておいて、スタミナに難のある田上を集中攻撃。彰俊が場外のマットを敷いていない場所で田上をパイルドライバーに決めました。

ダメージから回復した森嶋はラリアットをバイソンに決め反撃。さらに、ダウンしたバイソンに合体式ノド輪落とし(田上が森嶋をノド輪落としの要領で持ち上げ、そのまま相手の腹の上に落とす。)を決め、バイソンはウィークポイントの脇腹に深いダメージを負いました。

しかし、タッグワークでは王者組の方が上。バイソンが森嶋をハーフネルソンで投げ、2人がかりのサンドイッチラリアット、彰俊のスイクルデス2連発から最後はバイソンの雪崩式パワーボムが森嶋に炸裂、28分10秒、エビ固めでバイソンが森嶋を降してバイソン&彰俊組が2度目のタイトル防衛に成功しました。

セミファイナルはKENTAにエディ・エドワーズが挑戦したGHCジュニア・ヘビー級選手権試合。

エドワーズは今年10月の日テレ杯争奪ジュニア・ヘビー級タッグリーグ戦でロデリック・ストロングとのタッグで決勝まで進み、KENTA&青木篤志組に敗れていますが、すっかりジュニアのトップとなっていました。

ノアには練習生として05年から参戦、日本のプロレススタイルをマスターしてROHで活躍、ついにGHCジュニアのタイトルに挑戦するまでにのし上がりました。

エドワーズはトペ、鉄柵越えのケブラーダで試合の序盤ペースをつかみ、KENTAの打撃に対してもチョップ、キックで応戦。延髄斬り、KENTAをおぶった形で決めたスタナー、飛び付き式コードブレイカーと攻め立てていきます。

アメリカではこの年の8月に亡くなったキラー・コワルスキーのレスリングスクール(HHH、チャイナらを輩出)に入門していたエドワーズは師匠に捧げるダイビング・ニードロップを決めて見せました。

KENTAの蹴り足をとらえたエドワーズはシャープシューターへ。しかしこれを読んだ王者は体勢を入れ換えてSTFに決める。エドワーズは必死に耐えてロープエスケープ。

KENTAは両腕をロックしてタイガー・スープレックスホールド。カウント2。KENTAの一人タッチ・ザ・スカイ、エドワーズのスカイハイ式フランケン・シュタイナーの応酬。エドワーズは足をクロスして決めるフィッシャーマンバスター「ダイハード」を放ってカバーの体勢に入るもカウント2でKENTAはクリア。

エドワーズはならばと観客にアピールしてからコーナーポストに昇りダイビング技を狙ったが、これはKENTAが雪崩式ファルコンアローで切り返す。最後はgo2sleepが決まり、26分48秒、片エビ固めでKENTAが2度目の防衛に成功しました。

ツアー最終戦となった12月7日日本武道館大会(観衆11,000人発表)大会。満員発表は成らず。この日は試合順に振り返ってみたいと思います。

三沢は7月13日の博多スターレーン以来の中嶋勝彦とのシングルマッチ。中嶋はスタートから強烈なキックの連打で三沢を攻撃。とにかく蹴って蹴りまくり、三沢はこれを受けていきます。さらに中嶋は掟破りの逆エメラルドフロウジョンを仕掛けますがさすがにこれは防御。

勝負をかけた中嶋はタイガー、ジャーマン、クロスアーム式と立て続けにスープレックスを決めましたがこれは三沢がクリア。中嶋の攻撃を受け切った三沢はランニングエルボーからとどめはエメラルドフロウジョン。9分15秒、片エビ固めで三沢の勝利となりました。

かつては大一番用の決め技だったエメラルドフロウジョンも、この当時は既に若手や軽量の相手にも多用するようになっており、エメフロを出すことで短時間で試合を終わらせていた感はありました。

この08年という年は同じ社長レスラーで同じ62年生まれの全日本プロレスの武藤敬司が新日本プロレスの中邑真輔を破って8年4か月ぶりにIWGPヘビー級王者となり、中西学、後藤洋央紀、真壁刀義、中邑のリマッチを全て退け4度の防衛に成功。45歳の狂い咲き(武藤は12月23日生まれの為この時点ではまだ45歳)を果たし東スポプロレス大賞MVPに輝いており、三沢と比べると膝の状態は悪いもののコンディションの違いは明白。

実際は練習も十分に出来ない程コンディションが悪かった訳ですね。今となっては知らなくてすみませんでした、ということになりますが、実際は後付けの話でこの時はファンのほとんどが「三沢復活」を期待していたのではないでしょうか。

日本武道館大会の前日の12月6日新日本プロレスの愛知県体育館大会で中邑が試合後マイクで「1月4日、東京ドーム、ノアの象徴・三沢光晴、出て来い!」と三沢に宣戦布告をしており、三沢さんも「断る理由はない。」とこれを受諾。

09年1月4日、新日本東京ドーム大会への参戦が決定的となりました。(後日、中邑&後藤組vs三沢&杉浦貴組、中西vs秋山準のカードが決定となる。)

セミ前は秋山vs森嶋のGHCヘビー級王座次期挑戦者決定戦。この試合、森嶋の重戦車のようなラリアット、ヒップアタック、重爆トペが秋山に直撃。しかし、秋山も森嶋のラリアットをかわすと脇固め、腕固めと森嶋の腕を攻めていきます。さらにエクスプロイダー。

森嶋もモリシハンマーからバックドロップを決めていきましたが秋山はカウント2で返します。試合終盤、モリシハンマーを打つ森嶋に秋山は欠場中の小橋に届けとばかり袈裟斬りチョップ。

そこから強引にスタンド式のフロントネックロックに森嶋をとらえるとそのまま絞め上げるとレフェリーが試合をストップ。8分37秒、この試合も短時間決着となり、秋山がこの日メインで行われた健介vs彰俊の勝者に挑戦することが決定しました。

セミファイナルは金丸義信&鈴木鼓太郎組にKENTA&石森太二組が挑戦したGHCジュニア・ヘビー級タッグ選手権試合。

挑戦者チームは7月13日の博多スターレーンで金丸&鼓太郎の汚い連係の前に敗れ王座転落。日テレ杯争奪ジュニア・ヘビー級タッグリーグ戦に優勝を飾り、満を持してのリマッチとなりました。

先にリングに入場したKENTAと石森に背後から椅子を持った平柳玄藩が乱入、椅子で殴ろうとしたところKENTAに気付かれ、強烈なハイキックを食らってダウン。続いて王者チームが入場。平柳はセコンドに担がれて退場。

試合はKENTAの痛烈な張り手が鼓太郎の顔面を襲ってスタート。石森も場外の金丸に鉄柱越えのケブラーダを見舞っていきました。

しかし、ズル賢さにかけては王者組の方が一枚も二枚も上。石森のトペ狙いを下から足をすくった鼓太郎はエプロンの石森に金丸との合体式ギロチン。さらに鼓太郎は突進してきたKENTAをコーナー際で福田明彦レフェリーと誤爆させ、ここから試合は荒れた展開に。

場外で椅子攻撃を狙った鼓太郎。KENTAは椅子を奪って鼓太郎の脳天めがけ、思い切り振りかぶるも背後から金丸がKENTAの背中を椅子で一撃。

たまらず椅子を放したKENTAに鼓太郎は椅子でKENTAの脳天を痛打。椅子のシート部分が抜ける程の威力。

続いて鼓太郎は本部席にあったゴングを持ち出そうとするも、これはジョー樋口タイトル管理委員長が阻止。館内は大「ジョー」コールが起きています。

ゴングは諦めた鼓太郎でしたが、今度はリング下にあったジュラルミンケースでKENTAの脳天を殴打、KENTAは額から流血。リングに戻ると鼓太郎はブルーディステニー。流血したKENTAの額めがけ容赦ないナックルパンチ。

金丸も雪崩式ディープインパクトをKENTAに決め、グロッキーになったKENTAはようやく石森と交代。

代わって入った石森は金丸に高速ウラカンラナ。鼓太郎にはジャンプしてのシットダウン式パワーボム。KENTAも鼓太郎にSTFで反撃。鼓太郎の顔面に強烈な右フック。

30分過ぎ、鼓太郎の2発目のブルーディステニーをカウント2でKENTAはクリア。続いて鼓太郎はツームストン・パイルドライバー。2発目にいこうとしたところ、KENTAは体勢を入れ換えてgo2sleep。カバーに入るも退場したはずの平柳が場外からレフェリーの足を引っ張ってカウントを阻止。

この隙に乗じて金丸がKENTAに垂直落下式ブレーンバスター、鼓太郎もブルーディステニー。
これは石森がカット。

入った来た金丸に石森がウラカンラナを決めようとするも逆エビ固めで捕獲。カット出来ない石森を尻目に鼓太郎はKENTAにとどめのレクイエム。

31分54秒、鼓太郎がエビ固めでKENTAをフォールし、金丸、鼓太郎組が2度目のタイトル防衛に成功し、KENTA、石森組を返り打ちにしてみせました。

メインイベントは佐々木健介に齋藤彰俊が挑戦したGHCヘビー級選手権試合。

私は今はプロレス現場からは距離を置いていますが「プロレスは長く見続けることに価値がある」というのが以前の持論でこの組合せもそんな中の一つです。

遡ること15年前、93年8月22日日曜日、新日本プロレス富士急ハイランド大ホール大会。

当時、車を持っていた私は愛車のセリカで山梨県富士吉田市の富士急ハイランドまで見に行きました。G1クライマックスの後の日本人選手のみの興行でしたが、日曜日なのに通常の18時30分試合開始。

武藤の地元凱旋興行で、武藤のトークショーをやっていた記憶があります。中央自動車道の渋滞もあり、家に着いたのは午前1時近くで、大変疲れました。

この大会のセミファイナルで組まれたのが、佐々木健介の化身、パワー・ウォリアーと平成維震軍だった彰俊のシングルマッチ。

当時は両者の格にかなり差があり、6分7秒、パワーのラリアットの前に彰俊が完敗。この対戦が時を経て、馬場の全日本プロレスの流れを組むノアの日本武道館大会のメインイベントのタイトル戦として組まれる、ということになりました。

試合はスタートから力と力の真っ向勝負。彰俊の蹴りとチョップ、健介のチョップとラリアットのぶつかり合い。

5分過ぎ、花道に出た両者は彰俊がDDT、健介がパワースラムを見せて互角の展開に。

リング上での攻防では彰俊のミドルキックを健介が胸を出して受け止めなかなか倒れない。10発目のキックでようやく健介がダウン。

しかし、健介の放った強烈な張り手で彰俊は脳にダメージを食らったか、この一撃で試合は王者のペースとなりました。

健介は投げ捨てドラゴン・スープレックス、キングバスター、ラリアット、延髄ラリアット、ラリアットと怒涛の攻撃。

しかし彰俊の心は折れない。健介が放ったノーザンライトボムで勝負あり、と思いきや、彰俊は気力で立ち上がる。

粘った彰俊でしたが、最後は健介のラリアットの前に屈し、25分27秒、体固めで健介が2度目の防衛に成功しています。試合後は王者の健介から彰俊に握手を求め、15年前とはうって変わり健闘を称え合っています。

次期挑戦者は森嶋を降した秋山ということになりました。

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