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2025年06月10日07:55

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【特別編】前田日明のYouTubeにおける問題提起について(58)

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06年7月25日アイスリボン千本桜ホールで小学生レスラー、りほ(里歩、RIHO)と中学生で引きこもりを打破すべく入門したの真琴がデビュー戦同士で対戦、僅か1分18秒、エビ固めでりほがフォール勝ち。

この2人がどちらもプロレス界で成功することになるとは想像出来た人はいなかったと思います。

9月24日新木場1st RINGにおいて、我闘姑娘の興行が行われさくらえみは小学生レスラーのきのこと対戦、スマッシュマウス(フィッシャーマンズバスター)からの片エビ固めでフォール勝ち。

さくらはもう1試合出場し、きのこの母親で元自衛隊員の経歴を持つ石井美紀&希月あおいとトリオを結成、零&高橋李佳&春日萌花組と対戦。希月のクロスアーム式ジャーマン・スープレックスホールドで零がフォール負け。

親子が同じ女子プロレスでタッグを組んで上がる、というのはメキシコのイルマ&ローラ・ゴンザレス親子などいましたが、日本人でも、最近は田中稔&府川唯未夫妻の娘である田中きずな、大向美智子の娘の心季などが出てきたものの、当時では日本では元WWWA世界シングル王者、星野美代子の娘がFMWの中山香里だったことが後に判明した位で、親と子で同時期にデビューをしてタッグを組んだのは石井ときのこが初で、後にアイスリボンで星ハム子&星いぶき親子タッグも誕生することになります。

この一戦は高校受験の為にプロレスから離れる高橋の壮行試合として行われました。

同年11月4日さくらは我闘姑娘からアイスリボンに代表として移籍。こちらに関しては喧嘩別れではなく我闘姑娘所属選手の移籍はなく、さくらはアイスリボンの代表を務め、我闘姑娘の運営は引き続き池須豊氏が行い、両団体は選手を交流し合う等、友好関係を続けていくと発表されています。

しかし、団体としての人気が高かったのはマットの上でプロレスを行うアイスリボンの方で、毎月学芸大学の千本桜ホールでの2部制の定期戦に加え12月は月4回の興行を開催。

友好関係にあり、さくらが定期的に試合に出ていたNEO女子プロレス、さらに面白いモノや変わったモノにはすぐに飛び付く高木三四郎率いるDDTも加わり、リングではないマットで高梨マサ子(将弘)vs趙雲子龍戦が行なわれるなど豪華なメンバーが参戦しました。

12月31日には常打ち会場となる市ケ谷のアイスボックス大会が開催されました。

さくらの退団で我闘姑娘は翌07年1月25日新木場1st RING大会が最終興行となり、メインイベントは希月あおいと春日萌花のシングルマッチ、希月がクロスアーム式スープレックスホールドでフォール勝ちしています。

我闘姑娘所属レスラーはアイスリボン所属となり、大日本プロレスとも提携開始、通常のリングを使ったプロレスも07年4月28日横浜赤レンガ倉庫1号館大会からスタート。但し、当初はアイスリボンと区別する為「Future Star」という大会名で開催され、アイスリボンのナンバーシリーズとは差別化が図られていました。
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