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2025年01月18日09:05

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週プロ流智美あの日あの時予想2024年総括(12)

第333戦、3月27日発売号●【予想】全日本離脱を決意していたブッチャーと出戻りブリスコが激突、第9回チャンピオン・カーニバル公式戦、アブドーラ・ザ・ブッチャーvsジャック・ブリスコ(81年全日本プロレス後楽園ホール)【正解】UNタイトル奪取を果たした猪木が人気女優と電撃婚約、UN選手権試合、ジョン・トロスvs猪木(71年3月26日、日本時間27日ロサンゼルス・オリンピック・オーデトリアム)

※参考 2019年3月27日発売号は●【予想】今回予想に同じ【正解】◎“大巨人”アンドレになる1年前、“怪物”ロシモフとして最後の来日、第4回IWAワールド・シリーズ公式戦、モンスター・ロシモフvsドン・レオ・ジョナサン(72年国際プロレス札幌中島スポーツセンター)この時点での対戦成績は78戦17勝61敗、勝率218。2013年3月27日発売号は猪木がUN以外の“三冠ベルト”に挑戦したソウルでの死闘、インターナショナル選手権試合、大木金太郎vs猪木(75年韓国ソウル市奨忠体育館)

【予想解説】ジャスト日本さんの「プロレス人間交差点」ではないですが、団体を出る人、残る人、出戻る人、まさに一期一会でそこには悲喜こもごもの人間ドラマがあると思います。

昭和の3月の終わりから4月の初めの時期は「春の祭典」がスタートする時期でプロレスファンも胸がワクワクする時期であります。

全日本プロレスの81年「第9回チャンピオン・カーニバル」はアブドーラ・ザ・ブッチャー、ブルーザー・ブロディ、ジャック・ブリスコ、キラー・ブルックス、ジ・アベンジャー(ムース・モロウスキー)、ウェイン・ファリス(後のホンキー・トンク・マン)の外国人勢が参加。

前年度準優勝であるディック・スレーターはエントリーされていましたが、来日前の2月にフロリダのフリーウェイで交通事故に遭い、重度のむち打ち症となった為来日をキャンセル。この年の参加外国人選手は75年12月の「オープン選手権」に倣って全米のNWA加盟プロモーターから推薦という形式がとられています。

終盤1週間を「インター・チャンピオン・シリーズ」とし、カーニバルの上位7選手にドリー・ファンク・ジュニア&テリー・ファンクのザ・ファンクス、NWAからの勧告によりインターナショナル王座を返上した大木金太郎(結局は棄権)を加えた10選手による復活インターナショナル・ヘビー級王座決定トーナメントを開催することになっていました。

5月8日の新日本プロレス川崎市体育館で新日本に移籍表明をするブッチャーはこれが結果的に全日本プロレス一旦最後の(87年11月の復帰後は除外)シリーズとなる訳で、開幕戦の後楽園ホールでは79年4月に1度だけ新日本プロレスに参加し、今回全日本プロレスに出戻り参戦を果したブリスコと公式戦で対戦。

試合は2分44秒、両者リングアウトの無得点試合となりました。ブリスコが全日本プロレスに戻ったのは前80年秋にドリーがフロリダ地区のブッカーに復帰したからで(76年に一度フロリダのブッカーを務めている)、ドリーのブッカー再就任に伴い、親密関係にあった新日本プロレスとフロリダ地区の関係も薄まりました。

80年2月にはフロリダのCWF(チャンピオンシップ・レスリング・フロム・フロリダ)代表であるエディ・グラハムが立会人として新日本プロレスに来日、4月16日にはマイアミビーチで猪木がボブ・バックランドに挑戦したWWFヘビー級王座に挑戦するなど親密関係にありましたが、全日本プロレスのブッカーであるドリーが新日本とフロリダの接近を快く思う訳もなく妨害工作に出た訳です。

ヒロ・マツダは依然として新日本プロレスと協力体制を敷いていましたが、フロリダで活躍していたバグジー・マグロー、ニコリ・ボルコフ等の新日本参戦経験者は全日本プロレスのリングに上がることになります。

【正解解説】前2023年に3回に亘ってこのコラムで採り上げられたトロスvs猪木がテーマ。前年の三部作で打止めかと思いきや第4弾が1年後に来ました。

ちなみに2023年の3回の内容は�。鰻�18日発売号が猪木にUNベルトを奪われたトロスがNWF世界ヘビー級王座初防衛戦の相手として浮上�■碍遑呼�発売号が猪木にシングル王座奪取の絶好の機会が到来として、日本プロレスがトロスの保持していたUN王座に猪木の挑戦が正式決定の発表��3月29日発売号はUN王座を獲得して羽田空港で倍賞美津子さんとの婚約を発表。

さすがにここまでフォローすればもう十分という感じはしましたがやはり流さんならではのこだわりがあったようです。
  
71年3月26日、ロサンゼルス・オリンピック・オーデトリアムで猪木はトロスのUN王座に挑戦(60分3本勝負)。立会人としてNWAのサム・マソニック会長が来場、お膳立てはバッチリ。1本目は17分25秒、猪木がアバラ折り(コブラツイスト)、2本目は11分48秒、トロスが体固め、決勝の3本目は6分30秒、猪木が体固めで取り2−1で猪木が新王者となりました。

トロスvs猪木戦を報じた3月29日付(28日発行、当時は日曜日休刊ではなかった)の「東京スポーツ」を題材に使っており、UN王座はNET(テレビ朝日)が資金を出したベルトながら、日本テレビが27日夜のスポーツニュースで「猪木、王座獲得」を速報したことを評価していました。

一方、トロスvs猪木戦は「ワールドプロレスリング」初の海外収録であり、2日後の29日月曜日の午後8時より録画中継。海外中継に慣れていないNETが54年前の時点で短いスパンで編集、放送したのは称賛に値する仕事ぶりでした。

そして題材となった東スポでは羽田空港での記者会見の1日前に猪木と美津子さんの婚約を報道。プロレスの社会的ステータスが今より遙かに高かった時代で、トップレスラーと人気女優のビッグカップルは大きなニュースとなりました。

猪木と美津子さんは29日に帰国し羽田東京国際空港で午後6時10分より記者会見、日本テレビ、NETのテレビカメラが回り、約100人の報道陣が集まりました。猪木はUN王座の獲得と美津子さんとの婚約を発表しています。

先ずは猪木が「ロサンゼルスでは喜びに浸る暇がなかったが、こうして皆さんに囲まれて初めて実感が湧いてきた。美津子との結婚を考えていたのは2年前ぐらいからだったが、レスラーとしてのケジメをつけてからと思っていた。それがこのUNタイトルの獲得だった。もし勝てなかったら婚約を延期するつもりでいた」とコメント。

次に美津子さんがコメントし「女優の仕事は続けるつもりでいますが、まずはアントンの体調維持を第一にしていきます。料理はまだまだ苦手ですが、アントンの好きな肉料理を中心に少しずつ勉強していきます」と好フォロー、早くも夫唱婦随ぶりを発揮しています。

猪木はここから「第13回ワールド・リーグ戦」に優勝した馬場への挑戦、11月2日新宿・京王プラザホテルでの豪華な「1億円結婚式」12月に会社改革を企てたクーデター犯として日本プロレスを除名・追放処分になるというまさに天国と地獄みたいな運命を辿っていくことになる訳です。

※対戦成績は333戦56勝277敗、勝率168。
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