mixiユーザー(id:21258650)

2024年07月28日22:48

309 view

ストロング小林さん追悼最終章(761)

81年全日本プロレス「サマー・アクション・シリーズ」に来日したディック・スレーターですが、シリーズ終盤に来て2月に遭った交通事故の後遺症を訴えて、7月22日富山県新湊市三日曽根公園特設リング、7月23日富山県魚津市総合体育館の2大会を欠場しました。

しかし回復の兆しはなく、7月24日の移動日に治療に専念する為途中帰国してしまいました。

シリーズ最終戦、7月30日後楽園ホールで行われる予定の馬場&鶴田組vsスレーター&ビル・ロビンソン組のインターナショナル・タッグ選手権試合のロビンソンのパートナーが不在になってしまいました。

外国人側にロビンソンのタッグ・パートナーを務められる人材がいません、キラー・トーア・カマタ、グレート・マーシャルボーグはどちらも不可でしょう。他ではルーファス・ジョーンズが一番格上になりますがヒールの上、アジア・タッグ王座奪取に失敗しており資格なし。

魚津大会でルーファスと組んでアジア・タッグ王座に挑戦したビクター・リベラはベビーフェイスもヒールどちらも対応出来るニュートラルな立場でしたが、アジア・タッグ選手権試合で負傷棄権となっており、こちらも難しい…。ちなみにリベラは7月25日福岡県上陽町農協広場特設リングから普通に試合に出ており、ドロップキックの名手であるリベラが叩かれて自爆して左肩脱臼というのは額面通りには考えにくく、この怪我はヤラセでしょう。

もう一人、ラリー・ズビスコも同じくベビーフェイス、ヒール両方やらせても上手いですが、ニューヨーク・センチュリー・シェア・スタジアムでブルーノ・サンマルチノとケージマッチを行い30,000人以上を集客出来るズビスコも、新日本プロレスへの当てつけか、6年ぶりに参戦した全日本プロレスでは扱いが悪く、ここでタイトル戦に出てくるのもあまりに唐突感がありました。

ボビー・ヒーナンは全米トップクラスの名ヒール・マネージャーであり、ロビンソンとはAWAで一緒に仕事をしていた時期はありますが、日本でタッグを組んでタイトルに挑戦するのはかなり無理がありました。

シリーズ参戦外国人は全部難あり、1週間前に呼んですぐ来てくれるのはカール・フォン・スタイガー位でしょう。蔵前国技館クラスの大会場ならいざ知らず、後楽園ホールのタイトルマッチ1試合の為にわざわざ大枚はたいて無理して大物外国人をワンマッチ参戦させるほど、当時の全日本プロレスは潤ってはいなかったはず。

しかしテレビ中継もあり、タイトルマッチを中止にする訳にもいかず…。そこで白羽の矢を立てられたのが凱旋帰国して2シリーズ目の天龍でした。

シリーズ最終戦、7月30日後楽園ホール(テレビ収録、観衆1,500人発表)大会。天龍はロビンソンのパートナーに抜擢され、メインイベントで馬場&鶴田組のインターナショナル・タッグ王座に挑戦するというチャンスに恵まれました。

1本目、天龍が馬場をボディスラムからコーナーポスト最上段に登り、背面飛び式のダイビング・エルボードロップ、続いてロビンソンがワンハンド・バックブリーカーを出して馬場を片エビ固め。

2本目は馬場と鶴田のツープラトン攻撃、ダブルでのビッグブート、30文キックから馬場がロビンソン片エビ固め、決勝の3本目は場外で馬場がドリルアホール・パイルドライバーを天龍に決めてリングインし馬場が天龍にリングアウト勝ち。2−1で馬場&鶴田組が9度目のタイトル防衛に成功しています。

この試合は長くくすぶっていた天龍が「プロレスに開眼した出世試合」として広く知られ、天龍がノースカロライナ時代に使っていた延髄斬りを馬場出すなど振り切れた試合ぶりで高評価を得ています。
3 8

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2024年07月>
日 月 火 水 木 金 土
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031