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2024年03月27日19:49

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ストロング小林さん追悼(638)

80年新日本プロレス「サマー・ファイト・シリーズ」参加外国人レスラーのプロフィールの続きです。ジョニー・マンテルは78年8〜9月「ゴールデン・ファイト・シリーズ」、79年2〜4月「ビッグ・ファイト・シリーズ」以来約1年3か月ぶり3度目の来日。

3度の来日が全部、タイガー・ジェット・シンと一緒です。これはJマンテルがどんなに荒れた展開になってもきちんと試合を成立させることの出来る実力の持ち主であると、新日本プロレスが高く評価していたからに他ありません。

これまで新日本プロレスではタイトル戦線に絡んだことはありませんが、藤波辰巳のジュニア二冠に照準を定めての来日となります。

新日本プロレスとカナダ・カルガリー・スタンビート・レスリングの提携路線で、スチュ・ハートの息子であるキース&ブレットのハート兄弟がやってきました。

スチュの三男、キースは1952年8月21日、カナダ・アルバータ州カルガリー出身の当時27歳。父スチュの指導を受けてプロレス入り。78年9月、国際プロレスの「ダイナマイト・シリーズ」に初来日、今回1年9か月ぶりの2度目の来日で新日本プロレスには初参戦。

ハート一家からは長男スミス・ハートが74年9月に国際プロレスに留学生として来日したことがありましたが2シリーズ出場したのみで帰国、レスラーには向かなかったか早々に断念しています。(2017年7月2日、68歳で死去)

キースと一緒に初来日したスチュの六男、ブレットは1957年7月2日、カナダ・アルバータ州カルガリー出身の当時22歳の新鋭。後の80年代終盤に「ヒットマン」としてWWFのスーパースターに大出世します。

父スチュ及びスタンビート・レスリングの師範代であったミスター・ヒト(安達勝治)、ミスター・サクラダ(桜田一男)のコーチを受け78年にプロデビュー。キースよりも長身、まだ22歳の若さで将来のカルガリーを支える次期エース候補として待望の初来日となりました。 

マスクマンとして来日のゲシュタポは77年4〜5月、リック・オリバーとして国際プロレスの「ダイナマイト・シリーズ」に初来日して以来3年ぶりの来日、新日本プロレスには初参戦。

1952年10月6日、フロリダ州セントピーターズバーグ出身の当時27歳。本名ローレンス・リチャード・オリバー。

リック・オリバーのリングネームで75年にデビュー後、フロリダのCWF(チャンピオンシップ・レスリング・フロム・フロリダ)を皮切りに中南部のトライステート地区やカナダのモントリオール地区、アラバマのガルフ・コースト地区など各地を転戦。

77年4月の国際プロレスに初来日には5月10日、新潟県新発田市体育館で外国人側エース格のワイルド・アンガスと組み、メインイベントでラッシャー木村&剛竜馬組と対戦しています。。

帰国後の79年、テネシー州メンフィスの米国版CWAに参戦、ナチス親衛隊ギミックのハンス・シュローダーのパートナーとして、ゲシュタポなるマスクマンに変身。ジェリー・ローラー&ビル・ダンディ組やテリー・ボールダー(ハルク・ホーガン)&エディ・ボールダー(エド・レスリー、ブルータス・ビーフケーキ)組などのチームと対戦。

この憲兵マスクマンギミックでフロリダのCWFにも再登場、フロリダルートから新日本プロレスに再来日を果たしたものです。国際プロレスに来た時のオリバーはこれといった特徴がないレスラーでインパクトも残せていませんがマスクマンに変身してどのような変化を見せるか?
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