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2023年05月09日05:26

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ストロング小林さん追悼(376)

新日本プロレス初参戦「発電所二世」ラリー・ズビスコ、本名はローレンス・ウィッチャー、1951年12月5日は、イリノイ州シカゴ出身のポーランド系アメリカ人で当時26歳、75年9〜10月の全日本プロレス「ジャイアント・シリーズ」以来約3年ぶり2度目の来日。

ハイスクールからアマレスを始め、ペンシルベニア州立大学時代もレスリングで活躍、ブルーノ・サンマルチノに憧れてプロレス入り。サンマルとニュートン・タットリーのコーチを受け、1972年9月1日、彼らのプロモートしていたペンシルベニア州ピッツバーグでの興行においてにデビュー。ポーランド系アメリカ人ということもあり、リングネームのズビスコは第二次世界大戦前に活躍したポーランドの伝説的レスラー、スタニスラウス・ズビスコにあやかって名付けられました。

ピッツバーグ、太平洋岸北西部でのローカルサーキットを経て、74年よりサンマルチノの口利きWWWFのビンス・マクマホン・シニアと契約、サンマルチノの愛弟子、「発電所二世」として、ベビーフェイス陣営の重鎮だったゴリラ・モンスーンや今回同時来日するヘイスタック・カルホーンのパートナーにも起用され、ジミー&ジョニーのザ・バリアント・ブラザーズ、キラー・コワルスキー、ボビー・ダンカン、ニコリ・ボルコフなどの大物ヒールと対戦してキャリアを積みました。

同年はアメリカで権威のあるプロレス雑誌の一つ、「プロレスリング・イラストレーテッド」誌の新人賞を受賞。翌75年9月にはサンマルチノのブッキングで全日本プロレスの「ジャイアント・シリーズ」に初来日。馬場、鶴田、ザ・デストロイヤー、アントン・ヘーシンクらと対戦しています。

同シリーズはスタン・ハンセンが初来日したシリーズとして知られていますが、ポジションはアブドーラ・ザ・ブッチャー、オックス・ベーカー、プリンス・ピューリン、ボビー・ジャガーズ(ミステリアス・アサシン)、ハンセン、ズビスコの順で最下位。

帰国後はジョージア、フロリダ、ノース&サウスカロライナ、ロサンゼルスなどNWAの主要各テリトリーも転戦しつつ、77年からWWWFに定着。、サンマルチノが同年4月30日、メリーランド州ボルチモアでスーパースター・ビリー・グラハムに敗れ、WWWFヘビー級王座から転落して以降はベビーフェイスの「関脇」的ポジションで活躍、今回、ビンス・シニアのブッキングにより初の新日本プロレス参戦となりました。

ストロング小林とは4〜6月にWWWF地区で何度か対戦し、詳細は不明ですが、シングルマッチでは全勝、S小林は一度も勝てませんでした。猪木、坂口征二、藤波辰巳とは初対決になります。

中国系メキシコ人レスラーのハン・リー(ハム・リー表記の文献もあり)は76年7〜8月の「アジア・リーグ戦」 以来約2年ぶりの来日、素顔のHリーとしては2度目の来日になりますが、それ以前に72年1月の国際プロレス「新春パイオニア・シリーズ」に白覆面のジ・アベンジャーとして初来日。

新日本プロレスへは73年8月の「闘魂シリーズ」 に厚かましくもメキシコの国民的英雄「聖者」エル・サントを名乗って来日し、大顰蹙を買いました。日本で言えば若手・中堅レスラーが「アントニオ猪木」と名乗って海外で試合するみたいなものです。

翌74年8月の「闘魂シリーズ」には再びジ・アベンジャーを名乗り再来日、この時は全日本プロレスにもムース・モロウスキーがジ・アベンジャーのリングネームでマスクマンで来日しており、ファンを困惑させています。

前回の「アジア・リーグ戦」ではシングル部門では星野勘太郎に敗れ予選落ち、タッグ部門ではアリババ(オザーク・モルナー)と組んでエントリーも腰を負傷し坂口&S小林組に不戦敗も散々たる成績でした。

リング上では弱いHリーですが、名トレーナーとして知られ、主宰するハン・リージムはカネックを初め、主にUWAで活躍するスペル・エストレージャを多数輩出しています。

今シリーズ、ピーター・メイビア、ヘイスタック・カルホーンのマネージャーとして来日するのが「銀髪鬼」フレッド・ブラッシー。76年6月26日、日本武道館で行われたモハメド・アリvs猪木の「格闘技世界一決定戦」ではプロボクシング側に寝返りアリのマネージャーとして猪木に牙を剥きました。それ以来2年ぶりの来日、来日直前まで、WWWF地区でS小林のマネージャーをしていただけにS小林との関係はどうなるのかも注目されます。

シリーズ最終戦、7月27日、日本武道館大会のみ特別参加、WWWFヘビー級王者、「超新星」ボブ・バックランドは2シリーズ連続参加。前回の新日本プロレス初参戦では6月1日、日本武道館で猪木とWWWFヘビー級、NWFヘビー級のダブル・タイトルマッチを行い、1本目をリングアウト負けで取られた後61分時間切れとなり、ベルト移動はなかったものの、屈辱の敗戦防衛、猪木に借りを返したいところです。

シリーズは6月23日、大宮スケートセンターで開幕、北海道サーキットを行うも今回は札幌中島スポーツセンターでの開催はなし、タイトルマッチは終盤戦に集中、7月24日、広島県立体育館ではペドロ・モラレスが猪木のNWFヘビー王座に初挑戦。前回の来日で実現しなかった猪木とのシングルマッチがタイトル戦で実現。

坂口&S小林組の北米タッグ王座にはメイビア&カルホーン組が挑戦、この広島大会が新日本プロレス初の「2大タイトルマッチ」の開催。本来は3月30日、蔵前国技館で猪木vsマスクド・スーパースターのNWFヘビー級選手権試合、藤波vsカネックのWWWFジュニア・ヘビー級選手権試合が団体初の2大タイトルマッチとなるところでしたが、カネックの敵前逃亡により実現せずに終りました。

坂口&S小林組は2月2日、札幌中島スポーツセンターでのタイガー・ジェット・シン&上田馬之助組戦以来5か月22日ぶりの防衛戦、タイトルマッチの防衛戦期限ギリギリでの開催となりましたが、ニューヨークでヒールファイトに徹していたS小林と坂口の間に不協和音が流れるか?挑戦者チームのマネージャーにブラッシーが付くのも不気味ではあります。

最終戦、7月27日、日本武道館ではニューヨークMSG以外では実現していないWWWF2階級の2大タイトルマッチが行われます。ヘビー級は王者バックランドに猪木が挑戦する6月1日、同所での再戦。今回は猪木のNWFヘビー級王座は賭けられず。

国際プロレスを退団し、フリーとなった剛竜馬が藤波のWWWFジュニア・ヘビー級王座に挑みます。「第二のストロング小林事件」として新日本プロレスと国際プロレスに再び険悪な空気が流れましたが、剛はヒロ・マツダの短期の指導で藤波に勝つことが出来るのか?王者藤波24歳、挑戦者剛22歳という若手対決は日本マット界に新しい旋風を巻き起こすか!

全日本プロレスとの興行戦争ですが、全日本プロレスは7月8日、後楽園ホールで「サマー・アクション・シリーズ」が開幕。大宮スケートセンターが新日本プロレスが開幕戦の6月23日、後攻が全日本プロレスの7月15日。

新日本プロレス、全日本プロレス共に同時期に北海道サーキットを実施もニアミスはありますが同一会場開催はなし。

最終戦は新日本プロレスが7月27日、日本武道館、全日本プロレスが翌7月28日、品川プリンスホテル・ゴールドホール。会場のキャパ(日本武道館14,412人、品川プリンスホテル5,000人)と差がある為単純比較は出来ませんが、満員の度合いでの勝負となりそうです。
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