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2023年01月21日14:14

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週プロ流智美あの日あの時予想2021年総括(13)

第179戦、3月31日発売号●【予想】新日本プロレス、旗揚げ5周年で初の蔵前国技館2連戦を開催(77年3月31日&4月1日蔵前国技館)【正解】国際プロレス世界4大タイトルマッチ(80年国際プロレス後楽園ホール)

今回は予想、正解両方ともに「死神」ジョニー・パワーズさんが本文に登場します。本文の冒頭に昨年2022年12月30日、亡くなられたパワーズさん(享年79歳)のご逝去の報に接し、故人の生前の功績を称え、謹んで哀悼の意を表します。

パワーズさんは1943年3月20日、カナダ・オンタリオ州ハミルトン出身、猪木さんの著名なライバルの1人で猪木さんとは生没年が全く一緒でした。これも何かの因縁でしょうか。

【予想解説】(以下敬称略)新日本プロレスは旗揚げ5周年にあたる77年の3月31日、4月1日の両日に亘り、団体初となる蔵前国技館大会2連戦を開催しています。

当初は「第4回ワールド・リーグ戦」最終戦として3月31日のみ開催が発表されていましたが、後から4月1日が追加発表されています。

これは新日本プロレスを放送するNETが4月1日付で局名をテレビ朝日に変更、NETは別名日本教育テレビでしたが、総合放送局として生まれ変わり、民放の先人である日本テレビ、TBS、フジテレビに追い付け追い越せで業容拡大を目指しての局名変更であり、人気番組である「ワールドプロレスリング」も視聴率稼ぎに貢献する為の2連戦でした。

初日、3月31日は観衆9,500人。この日はダブル・メインイベントとして猪木vsパワーズのNWFヘビー級選手権試合と第4回ワールド・リーグ戦優勝決定戦の両方が行われています。

ダブルメイン第2試合、猪木とパワーズのNWFヘビー級選手権試合(時間無制限1本勝負)。パワーズは「俺はワールド・リーグ戦の優勝争いなど興味がない。興味があるのは猪木NWFのベルトだけだ。勝ってベルトを(オハイオ州)クリーブランドに持ち帰り、NWF王座に『世界』の二文字を復活させる」とワールド・リーグ戦を途中棄権。

シード参加(優勝決定戦のみ出場予定)の猪木のNWFヘビー級王座に挑戦を迫り、猪木もパワーズの執念に負けた感じでワールド・リーグ戦の優勝決定戦出場を辞退。

この試合、猪木に何としても勝ちたいパワーズは、得意の足8の字固め(パワーズロック)で猪木がロープエスケープ出来ないように、リング四方のロープを外した状態で試合をする「ノーロープデスマッチ」を提案。

猪木の得意技であるコブラツイストはロープの反動を利用して入ることも多く、またパワーズが散々苦渋を味わされた卍固めにしてもロープワークの攻防の中から入ることもしばしばあります。

そこで自分に有利になるようにノーロープリングでの試合を受けるよう猪木に迫り、猪木はこれを受諾していました。

しかし、この試合の特別レフェリーを務めるルー・テーズは「ノーロープ・デスマッチは危険である。タイトルマッチに相応しくない」とこれを却下、通常のルールでの試合となった訳です。

試合はパワーズの足8の字固めを凌いだ猪木が20分23秒、バックドロップからの体固めでフォール勝ち、8度目のタイトル防衛に成功しています

ダブルメイン第1試合はワールド・リーグ戦優勝決定戦(60分1本勝負)ですが、ワールド・リーグ戦は猪木の優勝決定戦出場辞退、パワーズの棄権により最終的に10人のこじんまりしたリーグ戦となりました。1位は10戦全勝のマスクド・スーパースターと2位の10戦8勝2敗、坂口征二の対戦。(パワーズは4戦4勝の後、残り6試合は不戦敗)

Mスーパースターの十八番、フライング・ネックブリーカードロップを自爆させた坂口が20分55秒、逆エビ固めでギブアップ勝ちし、2年連続の逆転優勝を飾りました。

2日目の4月1日は観衆9,000人。両日とも満員にはなりませんでしたがどちらも8割方観客席は埋まっていました。

メインイベントはタイガー・ジェット・シン&上田馬之助組に猪木&坂口組の黄金コンビが挑戦した北米タッグ選手権試合で特別レフェリーはテーズ。

試合前のテレビ朝日のサイドレポートでは、挑戦者チームの控室に欠場中のストロング小林の姿が見られ、猪木、坂口との作戦会議。シン&上田組と初めて対戦する猪木に作戦を授けたか?

1本目は11分41秒、シンが坂口をコブラクローから体固め、2本目は5分11秒、坂口が上田をジャンピング・ニーアタックから体固め、上田はこれが新日本初被フォール負けでした。決勝の3本目、猪木が額から流血した上田の額をナックルパートで連打し試合を有利に進めましたが、シンがノータッチで入ってきて静止するテーズを殴りつけて倒し、3分16秒に王者組の反則負け。

2−1で猪木&坂口組が勝利を飾りましたが反則の為にタイトル移動せず。シン&上田組がタイトル防衛に成功し、黄金コンビはベルト奪取に失敗しました。

2日間で18,500人発表の観衆を動員したのはまずまず上出来だったと思います。

【正解解説】国際プロレスは前78年12月より、全日本プロレス旗揚げの72年から6年間に亘り友好関係にあった馬場の全日本プロレスとの提携を解消、猪木の新日本プロレスと「禁断の交流」を開始することになります。

79年1月21日には星野勘太郎&山本小鉄組のヤマハ・ブラザーズが国際プロレスの後楽園ホールに乗り込み、グレート草津&アニマル浜口組の持つIWA世界タッグ王座を獲得しました。

同王座は国際プロレスの1月29日、茨城県勝田市(現ひたちなか市)総合体育館で草津に代わってマイティ井上が浜口と組んで挑戦も1−1から王者チームヤマハの反則負けでベルト奪取成らず。 

2月23日、新日本プロレスの千葉公園体育館でM井上&浜口組が再度挑戦し2本目に反則勝ちは入ったものの2−1で王座奪還に成功、ベルトは国際プロレスに戻りましたが、団体の看板ベルトが新日本プロレスの中堅チームであるヤマハに奪われたのは大きなイメージダウンでした。

しかし、全日本プロレスにはなかったこともあり選手貸出にも新日本プロレスは協力、4〜5月の「ビッグ・チャレンジ・シリーズ」には上田とマサ齋藤、スーパースター・ビリー・グラハム、ミレ・ツルノ、チャールズ・ベレッツが新日本のブッキングで来日。

7月の「ビッグ・サマー・シリーズ」にはアンドレ・ザ・ジャイアント、ヘイスタック・カルホーンが新日本プロレス経由で来ています。

80年3月31日、後楽園ホールでの特別興行「世界4大タイトルマッチ」には新日本プロレスからパワーズ、木村健吾、永源遙に元国際プロレス所属でフリーとして新日本に上がっていた剛竜馬(この年の4月25日に新日本入団を発表)の4選手が参戦。

当日は東京12チャンネル(テレビ東京)が午後7時30分からの90分枠で生中継。

試合が行われた順番に振り返ると、まずはIWA世界タッグ選手権試合(61分1本勝負)、王者チームM井上&浜口組に木村健&永源組が挑戦。新日本ではヤマハよりさらにポジションが下の即席コンビ。

試合開始5分過ぎ位に木村健が場外の浜口にプランチャを放ち、これを受け損ねた浜口は後頭部を強く打って失神、M井上が浜口をリングに押し上げましたが浜口はピクリとも動かず。床に溢れた観客のビールに足を滑らせたという報もありましたがはっきりわからず。

レフェリーの遠藤光男はカウントを入れる訳でもなく立ち尽くして木村健&永源組に注意をするのみ、腹に据えかねた新日本勢が遠藤レフェリーに暴行、11分30秒、王者チームの反則勝ちとなり、M井上&浜口組が11度目のタイトル防衛。

続いて行われた阿修羅・原に剛が挑戦したWWU世界ジュニア・ヘビー級選手権試合(61分1本勝負)で、剛は78年4月の国際プロレス退団来約2年ぶりの古巣登場となりました。

原の入団によるジェラシーも国際プロレス退団の一要因と言われており、剛は原にいいところを取らせずグラウンドレスリングで動きを完封、最後は場外でアトミック・ドロップの要領で担ぎ上げ、本部席にそのまま叩きつける暴挙に出ました。

レフェリーの新日本プロレスの小鉄は即座に試合終了のゴングを要請、14分45秒、剛の反則負けで原が9度目のタイトル防衛も内容ではいいところなし。

次のニック・ボックウィンクルのAWA世界ヘビー級王座にこの年の2月に国際プロレスに新入団した大木金太郎が挑戦した一戦(61分3本勝負)は唯一、新日本プロレスとは無関係でした。1本目は10分20秒、ニックが逆さ押さえ込み、2本目は6分34秒、大木が原爆頭突きから体固め、決勝の3本目は2分9秒、両者リングアウトとなり1−1の引き分け。

テレビ生中継はニックvs大木のAWA世界戦までで放送時間が終了しています。

最後のメインイベントはラッシャー木村のIWA世界ヘビー級王座にパワーズが挑戦。61分1本勝負)。両者は東京プロレス時代に何度か対戦していますが、当時は格が違いR木村はパワーズには葉が立たず。

鉄柱攻撃で額を割られて大流血のR木村にパワーズは得意の足8の字固め(パワーズロック)をガッチリ決めて得意満面。足が弱点のR木村は大苦戦、ようやく場外に同体で転落した時にパワーズロックが外れ、R木村はドリルアホール・パイルドライバーを決めてリングに上がり、14分29秒にリングアウト勝ちを拾って5度目の王座防衛を果たしました。

当時のパワーズは79年1月に坂口にもNWF北米ヘビー級王座を奪われ、新日本プロレスのトップ外国人からは外れていましたが、そのパワーズに苦戦してフォール勝ち出来なかったR木村には国際プロレスファンは落胆。

3つのタイトルマッチは国際プロレスの選手の商品価値を大きく下げる内容になってしまいました。

国際プロレスにとって新日本プロレスは全日本プロレス以上に厳しいビジネスパートナーでした。

※対戦成績は179戦35勝144敗、勝率196。 
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