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2023年01月13日22:32

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週プロ流智美あの日あの時予想2021年総括(5)

第171戦、2月3日発売号●【予想】KSコンビ、グレート草津&サンダー杉山組がモンスター・ロシモフ&マイケル・ネイダー組破りIWA世界タッグ王座獲得(70年国際プロレス広島県立体育館)【正解】インターナショナル・タッグ王座決定戦、馬場&猪木組vsクラッシャー・リソワスキー&ビル・ミラー組(68年日本プロレス大田区体育館)【参考】2016年2月3日発売号はアジア・タッグ選手権試合、力道山&豊登組vsリッキー・ワルドー&ルター・レンジ組(62年日本プロレス日大講堂)

【予想解説】2月3日は本音で言えば84年新日本プロレスの札幌中島体育センター「雪の札幌テロリスト事件」藤波辰巳vs長州力のWWFインターナショナル・ヘビー級選手権試合の試合前に藤原喜明が乱入し通路で長州を襲撃、試合不成立となった一件を採り上げたかったですが、流さんの「あの日あの時」のソースが東京スポーツ等のスポーツ紙全般に変わってきており、84年以降の出来事を採り上げることが少なくなっていたことから入れませんでした。

国際プロレスはTBS体制のスタートを切った時の外国人ブッカーだったグレート東郷とのトラブルから欧州路線、AWAルートに活路を見出し、TWWAからの脱却を図るべく68年10月に吉原功社長が渡欧。フランスのパリのプロモーターであるロジャー・デラポルト達と新組織「IWA」を起ち上げました。

初代IWA世界ヘビー級王者は68年11〜12月にかけて行われた「ワールド・チャンピオン・シリーズ」で優勝したビル・ロビンソンが初代王者となり、初代IWA世界タッグ王者チームには翌69年5月18日、フランス・パリのエリーゼ・モンマルトルで豊登&ストロング小林組がロシモフ(後のアンドレ・ザ・ジャイアント)&イワン・ストロゴフ組を破り初代王者チームとなりました。

豊登&S小林組はスタン・ザ・ムース(ドクター・デス、ムース・モロウスキー)&オックス・ベーカー組、ベーカー&ルター・レンジ組、ワイルド・アンガス&スパルタカス組、ブルーノ・アーリントン&イアン・キャンベル組を撃破、69年中に4回の防衛を果たします。

しかし、年明け早々の70年1月9日には豊登が体力の限界を理由に引退を発表(実際には金銭トラブル)、S小林と組んで保持していたIWA世界タッグ王座は返上されています。

空位となった同王座決定戦が1月18日、福岡九電記念体育館で行なわれ、ロシモフ&ネイダー(ミッシェル・ナドール)組が草津&杉山組を2−1で破り、第2代王者チームとなりました。

後がない日本組は2月3日、広島県立体育館で草津&杉山組がロシモフ&ネイダー組にリターンマッチを挑んでいます。1本目は13分28秒、ロシモフが杉山を体固め、2本目は5分11秒、草津がネイダーを足4の字固め、決勝の3本目は4分16秒、杉山がロシモフを体固めに決めて草津&杉山組の「KSコンビ」が第3代王者チームとなりました。

草津はTBS体制のエースと期待されながら68年1月3日、日大講堂大会でのルー・テーズとのTWWA世界ヘビー級選手権試合で惨敗を喫し、以後シングルのエースにはなれなかったものの、この時がIWA世界タッグ王座初載冠、以後は海外遠征の時期を除き、数回の転落をしながらも「ミスターIWAタッグ」としてS小林、ラッシャー木村、マイティ井上、アニマル浜口とパートナーを替えて79年1月まで同王座に君臨し続けました。

【正解解説】68年1月8日、広島県立体育館で予定されていた馬場&猪木組にクラッシャー&Bミラー組が挑戦するインターナショナル・タッグ選手権試合は、前日の1月7日、大阪府立体育会館大会に出場した猪木が、巡業を離れ所用の為1人で東京に戻り、8日当日の広島大会に飛行機で試合時間までに会場入りする予定でしたが、大雪の為に広島空港に着陸出来ず、試合に出ることが出来なくなりました。

この為、日本プロレスでは王座を空位とし、猪木の代わりに吉村道明が馬場と組んでクラッシャー&Bミラー組と王座決定戦を行い、1−1から両チームリングアウトに持ち込み、王座は空位のまま。

王座決定戦にはベルトを獲る気満々の大木金太郎が「俺が出る」と名乗りを挙げましたが、吉村が大木をたしなめて自分が出場、猪木は吉村に「繋いでおいてもらった」感じでした。猪木の1日だけの帰京については諸説ありますが、ダイアナ夫人(当時)の急病説が濃厚です。

この広島大会の一件は第117戦、2020年1月8日発売号で予想しましたが外れています。

そして迎えた大田区大会での王座決定戦、猪木は馬場とのBI砲で出場し、クラッシャー&Bミラー組と対戦、1本目は9分53秒、クラッシャーが馬場を体固め、2本目は1分48秒、馬場がクラッシャーを片エビ固め、決勝の3本目は6分42秒、猪木がBミラーをアバラ折り(コブラツイスト)でギブアップさせて2−1で馬場&猪木組が王座返り咲きを果たしています。

この日の馬場&猪木組vsクラッシャー&Bミラー組戦はこの連載(2011年12月7日開始)の第7回、2012年2月1日発売号で一度採り上げられており、既出ネタとなりますが、今回は、「隔週」だった金曜午後8時が「毎週」になるきっかけとなった名勝負、として視点を変えて書かれています。

大田区大会は2月9日、金曜日に日本テレビで録画中継されましたが、68年当時は「三菱ダイヤモンドアワー」として、午後8時は「日本プロレス中継」と「ディズニーランド」の隔週放送で、「ディズニーランド」のある週はプロレス中継は金曜日の午後10時20分から午後11時までの40分枠に移行していましたが、「ディズニーランド」は2月16日で放送終了、4月の番組改編期からは毎週日曜日午後7時に移行。

2月23日からは毎週金曜日午後8時は「日本プロレス中継」オンリーとなる訳です。

番組改編についてはその前から決まっていた可能性が強く、大田区大会が放送されたことによる影響はないと思われますが、そのように思わせてしまうエネルギーを感じ取れた試合だったのは間違いないでしょう。

※対戦成績は171戦34勝137敗、勝率199。
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