馬場のNWA世界ヘビー級王座獲得の「快挙」は猪木と新日本プロレスが大物外国人が呼べず、日本人対決でお茶を濁しているという印象操作を与えるには十分の効果があったか、といえば実はあまりそうでもなく、やはり猪木とストロング小林によるNWF世界ヘビー級選手権試合の再戦は日を追うごとに盛り上がりを見せていきました。
11月18日、ニューヨークMSGでのペドロ・モラレス戦(負け)を最後にWWWF地区を離れた小林はハワイで特訓を行った後、11月27日に帰国してすぐに、前回と同じ長野県鹿教湯温泉で宿泊特訓を開始。山道での走り込みを中心としたトレーニングメニューをこなしました。
12月6日、新宿・京王プラザホテルでの調印式。小林は半年間のアメリカでのヒール修行のテイストを残したような口髭を蓄えて登場。猪木は濃紺のスーツ、小林は同じ濃紺ですがダブルのスーツを着用。立会人である秋田大助自民党衆議院副議長のもと、調印書にお互いにサインし、マスコミの要請でガッチリ握手を交わしました。
しかし、その後の両者のインタビューで「小林はニューヨークであんな馬鹿みたいなスタイル(田吾作タイツ姿)でファイトして、そんなので俺に勝てると思ってるのか!」と猪木が小林を挑発すると、「何をっ!」と怒りをあらわにして立ち上がって猪木の顔面をパンチで殴り付けました。3月の時とは逆パターンです。
猪木も応戦、掴み合いになり小林のスーツはビリビリに破られたましたが、小林は調印式で座っていた椅子で猪木の脳天を一撃、新間寿らが慌てて止めに入りましたが、小林は不敵な笑みを浮かべながら、「もう一発お見舞いしてやってもいいぜ」とアピール。
「気が弱い」と言われていた小林でしたが、フロリダ、ニューヨークにおけるヒール修行でふてぶてしく変貌していました。
そして、いよいよ迎えた決戦の当日12月12日蔵前国技館、プレイガイドに置いてあった前売券は売切れ、平日(木曜日)というのに当日券を求める観客が朝から長蛇の列を作り、前日夜からの「徹夜組」もいました。正午には当日券が売切れ、新日本プロレスは消防署の許可を得て追加席を発売。追加席も午後5時には全て売り切れました。観衆は前回3月19日の初戦、10月10日の大木金太郎戦と同じ16,500人(超満員札止め)の発表。またも国技館は立錐の余地もない位の大観衆でギッシリと埋め尽くされています。
猪木と小林は時間差で会場入り、まずは小林が後援者の運転する車で会場入り。降りて来たところをNETのカメラがとらえ、銅谷志朗アナウンサーによるインタビュー。
銅谷アナ「小林さん、今朝は何時頃起きたんですか?」
小林「8時位に起きてね、家の周りを軽くランニングしました。」
銅谷アナ「朝起きた時はどんな気持ちでしたか?」
小林「もう日本に帰って来た時から、覚悟は決まってたし、別にこれだっていう気持ちはなかったですね。」
銅谷アナ「ズバリ、今日は勝てますか?」
小林「もちろん、それは僕の勝ちです。」
小林は初戦の国技館の支度部屋で初めてNETのインタビューを受けた時のようなこわばったイメージはなく、リラックスしていた印象でした。
続いてNETのカメラはキャデラックに乗った猪木をキャッチ。後方シートに座っていた猪木が窓を開けて顔を出しました。心なしか連戦の(この日は全39大会に及んだ「闘魂シリーズ第2弾」の最終戦)疲れが出ている感じでした。
銅谷アナ「猪木さん、先程小林選手に話を伺ったんですが、闘志満々という感じでしたがいかがですか?」
猪木「そうですね。いつもと変わらないですけどね。」
銅谷アナ「今日は何時頃起きられましたか?」
猪木「えーっと、7時に起きましてね、それから軽い朝食を摂って…で、先程ちょっと昼寝をしました。」
銅谷アナ「ズバリ勝てますか?」
猪木「そうですね、いつもそのつもりでリングに上がってますんでね。」
銅谷アナ「頑張って下さい!」
いよいよ決戦、両者の入場です。先に挑戦者小林の入場、3月の時はノーガウンで入場してきた小林ですが、今回は国際プロレス時代から着用していた白地に濃い紫色の縁取りで背中に大きく「無双」と書かれたガウンでアメリカ帰りらしくアメリカ国歌「星条旗よ永遠なれ」のマーチに乗って私設応援団に先導されて入場。小林はリングに上がると弾みを付けて両手を大きく広げててのアピール。
続いて王者猪木の入場です。猪木は「聖者の行進」のマーチに乗って入場…するはずがなかなか現れない。リング上で苛立ちを隠せない小林。マーチの演奏は終わってしまいました。「猪木はどうしたのか」騒然とする16,500人の大観衆。
そこへ猪木がオレンジ色に青の縁取り、背中には鷲、フロント部分に「闘魂」と金色で刺繍の入ったガウンでセコンドの坂口征二と共にゆっくりと入場してきました。焦らし作戦、歴史好きの桜井康雄氏風に言えば、「宮本武蔵と佐々木小次郎の巌流島決戦」のようなインサイドワークです。
小林のセコンドは3月19日の初戦でレフェリーを務めた清美川、国歌「君が代」の吹奏、NWF会長デビット・ヘルマン氏の代理人となる秋田大助衆議院議員によるタイトルマッチ宣言、チャンピオンベルトの返還。両選手のコール、小林は赤のタイツ、コールされると両手を大きく前に広げました。猪木は黒のタイツ、コールされると軽く一礼。
この試合「アメリカ人レフェリーにしてもらいたい」という小林の要望が通り、レフェリーはカール・ゴッチ推薦のコシキ・ジーン。謎の部分が多いジーンですが、フロリダでレフェリーをしており本名はジーン・ルイス・ロイ、元プロレスラーで現役時代はコルシカ・ジーンのリングネームでテキサスやシカゴで活躍していました。「コルシカ・ジョー」のリングネームで試合をしていたと書いてある文献もありますが実際は別人で、ジョーとは「コルシカ・ブラザーズ」なるタッグチームを結成し、テキサスなど南部一体のタッグ・タイトルを多数保持していました。サブレフェリーはミスター高橋。
試合開始のゴング、猪木はいきなりドロップキックの連発の奇襲攻撃、小林をボディスラムで投げ、すかさずフォールの体勢へ。小林はサードロープに右足をかけましたが、レフェリーのジーンはこれを見逃してカウント3。時間にして僅か10数秒。猪木は勝ったとアピール。小林の代理人である叔父の坂戸氏が入ってきて猛抗議。館内は大騒ぎになりました。
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