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2021年08月18日05:44

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ジャンボ鶴田怪物伝説(850)

87年「創立15周年記念エキサイト・シリーズ」もいよいよ大詰め、3月10日、福島県郡山市総合体育館(テレビ収録、観衆4,100人発表)大会。

メインイベントはNWA世界ヘビー級選手権試合、王者リック・フレアーに鶴田が挑戦。鶴田のNWA世界ヘビー級王座挑戦は85年4月24日、横浜文化体育館でフレアーに挑戦、17分1秒、両者リングアウトの引き分けに終って以来、1年11か月ぶりの挑戦。

フレアーに対角線上のコーナーに振られた鶴田は、突っ込んで来たフレアーに振り返りざまにジャンボ・ラリアットの迎撃。しかし百戦錬磨のフレアーにかわされレフェリーを直撃、場外でダウンするレフェリー。その間も試合は続いたが、起き上がったレフェリーが試合をストップし、17分29秒、ジャンボ・ラリアットをレフェリーに当ててしまった鶴田の反則負けを宣言。フレアーがタイトル防衛に成功しました。

結末もよくあるパターンで、内容的には凡戦。しかし、この試合が鶴田の最後のNWA世界ヘビー級王座挑戦となりました。

鶴田の同王座への挑戦記録を載せておきます。

1.73年5月20日、ニューメキシコ州アルバカーキ
●ドリー・ファンク・ジュニア(1−0)鶴田

2.74年1月30日、東京・日大講堂
●ジャック・ブリスコ(2−1)鶴田

3.74年12月12日、神奈川県川崎市体育館
●ブリスコ(2−1)鶴田

4.75年3月11日、愛知県体育館
●ブリスコ(2−1)鶴田

5.76年6月11日、東京・蔵前国技館
●テリー・ファンク(2−1)鶴田 ※試練の十番勝負第3戦。

6.77年6月11日、東京・世田谷区立総合体育館
●ハーリー・レイス(2−1)鶴田 ※試練の十番勝負第8戦。

7.78年1月20日、北海道・帯広市総合体育館
△レイス(1−1)鶴田 

8.79年5月7日、大阪府立体育会館
▲レイス(1−1)鶴田 

9.79年10月26日、長野県松本市総合体育館
▲レイス(0−0)鶴田 

10.80年5月28日、北海道・札幌中島体育センター
△レイス(1−1)鶴田 

11.80年9月1日、鹿児島県鹿屋市体育館
▲レイス(0−0)鶴田 

12.81年10月9日、東京・蔵前国技館
●リック・フレアー(2−1)鶴田

13.82年6月8日、東京・蔵前国技館
▲フレアー(0−0)鶴田 

14.83年6月8日、東京・蔵前国技館
○フレアー(0−1)鶴田 2フォール奪えず移動なし。

15.83年10月26日、盛岡・岩手県営体育館
▲レイス(0−0)鶴田 

16.84年5月22日、東京・田園コロシアム
▲ケリー・フォン・エリック(1−1)鶴田

17.85年4月24日、神奈川県横浜文化体育館
▲フレアー(0−0)鶴田 

18.87年3月10日、福島県郡山市総合体育館
●フレアー(1−0)鶴田 

※18戦1勝8敗9分。

AWA世界ヘビー級王者として北米サーキットを行った鶴田でしたが、NWAには手が届かず終わりました。馬場の政治力を以てすれば、鶴田を短期間NWA世界王者にするのは容易と思われがちですが、馬場にその気はなかったと私は思います。

王座防衛に成功したフレアーにはシリーズ最終戦、3月12日、日本武道館では欠場中の長州力に代わって、米国デビュー7か月、国内デビュー4か月の輪島大士が挑戦することになりました。

セミファイナルはアニマル&ホークのザ・ロード・ウォリアーズが輪島&石川敬士組と対戦、2分36秒、アニマルが石川をセカンドロープからの雪崩式オクラホマ・スタンピートからの体固めでフォール勝ち。最終戦での鶴田&天龍組の保持するインターナショナル・タッグ王座奪取に向けて絶好調。
              
谷津嘉章&寺西勇とテリー・ゴディ&アート・クルーズ組の対戦は8分53秒、谷津がロープの反動を利したカウンターのパワースラムからの体固めでクルーズを撃破し、谷津&寺西組が勝利。

タイガーマスクはエル・オリンピコとシングルマッチで対戦、4分39秒、ジャーマン・スープレックスホールドで完勝しました。

全日本対国際血盟軍6人タッグマッチ、馬場&天龍&ザ・グレート・カブキ組vsラッシャー木村&阿修羅・原&鶴見五郎組は12分50秒、カブキが鶴見をカウンターのトラースキックからの片エビ固めに破り、馬場&天龍&カブキ組の強力トリオの激勝です。

アニマル浜口&小林邦昭組はマイク・ジョージ& ヒロ斉藤組と対戦。10分25秒、浜口が後に「気合いだエルボー」と言われるスライディング・エルボードロップからジョージを体固め。

浜口とジョージは、ジョージが初めて国際プロレスにエースとして来日した80年4月の「ビッグ・チャレンジ・シリーズ」は浜口がその前に行われた80年3月31日、後楽園ホールで行われたマイティ井上&浜口組vs新日本プロレスの木村健吾(健悟)&永源遙組のIWA世界タッグ選手権試合で、木村健のプランチャを食らって場外で失神。脳震盪を起こしたダメージで欠場しており対戦はなし。

翌81年1月の「新春パイオニア・シリーズ」に再来日した時に初対戦。このシリーズ行われていた「ルー・テーズ杯争奪予選リーグ戦(前期)」では別ブロックでしたが、1月11日、鹿児島県指宿市総合体育館でシングルで対戦、12分30秒、ジョージが体固めで勝っています。また、1月20日、大阪府立体育会館ではM井上&浜口組のIWA世界タッグ王座にジョージ&ボブ・スウィータン組が挑戦、こちらは王者組がリングアウト勝ちでベルトを死守しました。 

国際プロレス崩壊後の83年1月、新日本プロレスの「新春黄金シリーズ」にジョージはR木村、浜口、寺西の国際軍団の助っ人として参戦。R木村&浜口&ジョージ組というトリオが3回実現し、メインイベントに出ています。

それを考えるとまさに「所変われば品変わる」、「諸行無常」であり、この扱いと結果は寂しい限りです。

第1〜4試合は全て全日本対ジャパン、M井上&渕正信組と栗栖正伸&仲野信市組は渕が11分4秒、逆さ押さえ込みで栗栖をフォール。大熊元司&ハル薗田組と永源&保永昇男組は11分7秒、首固めで大熊が永源を丸め込みました。

後に新日本プロレス東京ドーム大会のメインカードとなる川田利明と佐々木健介のシングルマッチが実現、8分41秒、川田がミサイルキックからの体固めで勝利。この時は川田が23歳、82年10月デビューでキャリア4年半で1年間の海外修行実績あり。健介は20歳で前86年2月デビュー、キャリアは1年超えたばかり。全日本、ジャパン両方で最下位におり、力の差はまだまだ歴然でした。

第1試合は百田光雄と笹崎伸司のシングルマッチで8分41秒、バックドロップからの体固めで百田が勝利。若手にとって百田は一つの壁でありました。
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