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2021年01月15日22:22

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週プロ流智美あの日あの時予想2020年総括(9)

第125戦 3月4日発売号●【予想】「実働2週間」ながらファンの心に永遠に残るマンハッタンコンビ、猪木&木村健吾組vsアドリアン・アドニス&カウボーイ・ボブ・オートン組(83年新日本プロレス相模原市立総合体育館)【正解】プロフェッショナル・レスリング藤原組旗揚げ戦(91年後楽園ホール)【参考】2015年3月4日発売号は馬場、初のメキシコ遠征(81年3月4〜16日、メキシコシティ・アレナメヒコ他)

【解説】2020年は閏年であり、参考とする1巡目の水曜日がこの週より変わり、2014年から2015年に変更になりました。

タイガーマスクブーム最盛期にあたり、テレビ朝日「ワールドプロレスリング」が常時20%超えの高視聴率を維持していた83年の「ビッグ・ファイト・シリーズ第1弾」にコンビを組んで参加したのがアドニス&オートン組のマンハッタンコンビ。

開幕戦ではメインイベントで猪木&木村健組と対戦、オートンが木村健をドリルアホール・パイルドライバーの体制に抱え上げてアドニスがコーナーポスト最上段から足を押さえて降りるツープラトンの「ハイジャック式パイルドライバー」、フィニッシュはオートンがバックドロップの体制に担ぎ上げてアドニスが同じくコーナーポスト最上段からのフライング・ラリアットを決めてオートンがバックドロップで叩き落とす「スカイハイ・ラリアット」。

14分29秒、アドニスが木村健を体固めに決めてマンハッタンコンビが快勝。日本初披露となった合体攻撃に多くのファンが強いインパクトを受けています。

新日本プロレス最強外国人タッグチームになる可能性大だったアドニス&オートン組ですが、このシリーズに来日していた素行不良では定評のあるクリス・アダムスが九州巡業の夜の街で一般人に手を出し、一緒にいながら止めなかったオートンも同罪として途中帰国させられてしまい、3月4日〜18日までの僅か2週間、テレビ登場3回で解体となってしまいました。

この後、マンハッタンコンビの合体殺法は長州力、アニマル浜口の維新軍が早速取り入れ、ジャパンプロレス時代にも多用、ハイジャック式パイルドライバーに関しては全日本プロレスでもスタン・ハンセン&ブルーザー・ブロディ組が84年4月25日、横浜文化体育館での馬場&ドリー・ファンク・ジュニア組とのPWF世界タッグ王座決定リーグ戦で馬場に場外で見舞い、戦闘不能に陥れデビュー戦以来の国内試合連続出場記録を3,711試合でストップさせています。

アドニス&オートン組が日本のプロレスファンのハートをガッチリ掴んだのは新日本プロレスブームと言われた黄金時代に来日して多くのテレビ視聴者の目に触れたことと、「80年代新日本の名ジョバー」木村健の受けっぷり、やられっぷりの良さがあったことは言うまでもありません。

社会現象にまでなったブームを引き起こした新生UWFは90年末、選手とフロントが金銭を巡っての相互不信により修復不可能な溝が出来てしまい、神真慈(新二)社長を初めフロント陣と選手の対立構造が浮き彫りになりました。

選手達は新生UWF最終興行となった90年12月1日、松本市総合体育館でのメインイベントでウェイン・シャムロックを破った船木誠勝が、神社長より出場停止処分を受けていた前田日明をリングに呼び万歳をして「一致団結」を誓いました。

12月7日に神社長は選手を全員解雇処分としてプロレス業界からの撤退を宣言、これを受けた前田は12月10日に新会社を作って団体を維持していくことを表明しています。

明けて91年1月7日、前田の自宅マンションに選手達が集まり、新会社設立による新体制移行ヘの話し合いが行われましたが、冒頭で前田が「この中で1人でも自分のことが信用出来ない人間がいたらUWFは解散だ!」と宣言。前田は選手の団結を確かめる意味で一発「かました」つもりだったと思いますが、各人の思惑からあるいは揚げ足取りに解釈した者もいて「解散だ!」の部分が一人歩きし、UWFは解散となってしまいました。

三派に分かれたUWFは藤原喜明の「プロフェッショナル・レスリング藤原組」、高田延彦の「UWFインターナショナル」、前田の「リングス」に分裂しましたが、その中で一番先に旗揚げ興行を行ったのがメガネスーパーをスポンサーにつけた藤原組。

旗揚げ戦は2,300人(超満員)発表の観客を動員、4試合が行われ、冨宅祐輔はウェリントン・ウィルキンスJrに12分、股裂きで敗れ、藤原はジョニー・バレットに7分12秒、アキレス腱固めでギブアップ勝ち。

鈴木みのるはシャムロックと30分時間切れ引き分け。メインイベントは藤原組のエース、船木誠がバート・ベイルを17分26秒、フェイスロックでギブアップさせています。

この当時、平成は愚か、昭和末期の出来事についてもほとんど書くことがなくなっていた流さんがいきなり平成の話題を出して来たところは意外でしたが、おそらくカール・ゴッチが顧問についたからかと思います。U分裂から早いもので今年2021年で30年…。

※対戦成績は125戦25勝100敗、勝率200。
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