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2019年09月29日23:22

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猪木とビンス(541)最終章

ちょうどこの日記の下調べが終わり、原案をメモに書き終えた後、9月25日に発売された「Gスピリッツ」最新号で、「東京12チャンネル時代の国際プロレス外伝」として田中元和(たなか げんな)元「国際プロレスアワー」チーフ・ディレクターのコメントの中に「ちょうど2回目の対抗戦(前回まで書いていた日韓三軍対抗戦)の後、吉原社長から放映権料の前借りを頼まれた」という部分がありました。

今回書こうと思っていた題材を裏付けるコメントとなりましたが、国際プロレスは78年2月の日韓三軍対抗戦の後に2月25日、伊東市青果市場から「ビッグ・チャレンジ・シリーズ」を開幕させています。

最終戦は3月24日、横浜文化体育館で4週間のシリーズですが、僅か全12大会しか開催出来ませんでした。特に開幕戦の伊東、翌2月26日の後楽園ホールの後は日程が埋まらず、3月6日の下関市体育館まで中7日空いてしまいました。つまり、オフの日の方が多いのです。

参加外国人選手はキラー・ブルックス、ザ・カサバブ(ジョジョ・アンドリュースとして79年12月17日、ニューヨークMSGで坂口&長州組の北米タッグ王座に挑戦、パートナーはアレン・コージ(バッドニュース))、ザ・スコーピオンズ1&2号(76年4月に来日したチームとは別人)の4選手と弱体。

プロレス誌で鈴木庄一記者が「五月雨シリーズ」と厳しい論調で営業面の弱さを指摘。また、プロレス誌78年5月号の「告発シリーズ」では「どうした国際!」として集客力の弱さについて特集記事を組んでいます。

抜粋すると大分県在住の読者からの投書で「去年の暮にかけて大分に新日本、全日本、国際が来たが、新日本、全日本はポスターがあちこちに貼ってあったものの、国際のポスターは見かけなかった。これでは見に来いという方が無理だ。国際は宣伝しなくても見に来てくれた観客に感謝すべき」というものがあり、

さらにこの78年1月20日、「新春パイオニア・シリーズ」大田区体育館大会(1月5日、大阪府立体育会館でザ・サモアンズ1&2号に奪われたIWA世界タッグ王座を前王者チームであるグレート草津&アニマル浜口組が15日ぶりに奪回、観衆1,200人発表)の不入りについても言及。 

「収容人数4〜5,000人の会場に1,000人前後ならまだ格好もつくが、この日実際に来ていたのは300〜400人程度、目一杯闘っている選手の気持ちを考えると胸が締めつけられる思い」と会場観戦していた観客からのコメントを紹介。 

これに対し吉原は「不景気の影響があるのだろう。あそこ(大田区)は交通の便も悪く、普段でも苦戦するところ、テレビ録りだからやったようなもんだが…(注・実際に大田大会は東京12チャンネルの収録はなかった)」と弁明。

しかし対抗戦と今後の話になると意気軒昂になり「悪いことばかりではない。ウチを放送している東京12チャンネルは関東ローカル。全国ネットのNTVの電波にウチの選手が出たことが大きなメリットとなってお陰様で次のシリーズ(スーパー・ファイト・シリーズ)は売り興行が増加している。今回、木村が馬場、鶴田に負けたが、レフェリーのミスジャッジでの負けであり、実力負けではない。あれを見たファンは木村が弱いなんて思わない。むしろ全国のファンに見てもらった方がウチにとってはプラス材料」

マスコミ向けには東京12チャンネルを「関東ローカル」と揶揄しておきながらその東京12チャンネルに放映権料のハガミを頼むとは厚かましいと言わざるを得ません。

吉原の言葉はハッタリではなく、時期スーパー・ファイト・シリーズ(4月6日新潟・五泉市民会館〜5月3日千葉・君津駅前広場特設リング)は同じ4週間シリーズながら全23戦と売り興行の数は伸びました。

参加外国人はジプシー・ジョー、クルト・フォン・ヘス、マスクド・インターン(トム・アンドリュース)、ザ・モンゴリアン(サパタ・マルチネス)、ボブ・マーカスとまずまずのメンバーでした。
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