85年3月19日のテレビ朝日「ニュースステーション」の中で突然「世界最強のプロレスラー、ブルーザー・ブロディ選手の新日本プロレス移籍が決定致しました」と報じられ、プロレスファンもそうでない人達にも大きなインパクトを与えました。
テレ朝が看板番組である「Nステ」を使ってブロディ移籍を報じたのはやはりライバル局である日本テレビとその管理下に置かれている全日本プロレスに対する意地であり、テレビ局を挙げての報復宣言でした。
「ブロディが来るのでは?」との期待からかビッグ・ファイト・シリーズ第1弾の最終戦である後楽園ホール(テレビ収録)は2,515人(超満員発表)の観衆で埋め尽くされました。
私はこの日の興行は生で観ていますが、一番安い指定席を買っており、南側の最後列R37番でしたが、これが当日思わぬことになってしまうとはチケットを購入した時は想像もつきませんでした。
メインイベントは猪木とハックソー・ヒギンズの一騎打ちの再戦。3月1日、同所での対戦ではヒギンズのパワーにいいところなく押されっ放しで、バックフリップで半失神状態となり辛うじて反則勝ちを拾った猪木のリベンジマッチの様相でした。
メイン開始前、後楽園ホールの南側最後列の立見スペースの左側のドアにスポットライトが照らされ、片手にチェーン、片手に花束を持ったスーツ姿のブロディが姿を現しました。
そう、私の座っていた席の真後ろにブロディが現れたのです。ブロディはチェーンを高々と上げると「ウォッ、ウォッ」とブロディシャウト。
ブロディは一旦引き下がるとホール5階のリングサイドからリングイン。既にリングに上がっていた赤いガウン姿の猪木とリング上で初めて対峙しました。
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