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2018年05月13日22:44

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飛龍革命〜あれから30年〜(22)

試合に乱入という形で新日本プロレス復帰が実現した長州。(実際はテレビ朝日が日本テレビに対し違約金を支払ったもの)

87年5月30日、鹿児島県立体育館から出戻り組の長州、スーパー・ストロング・マシン、小林邦昭、ヒロ齋藤、保永昇男が試合に出場。

長州はマサ齋藤と組んで木村健吾、ジョージ高野組と対戦する予定でしたが、試合前に藤原喜明が通路で長州を襲撃。84年2月3日、札幌中島体育センターでのテロリスト事件の再現となりました。(長州の代わりにマシンが2試合出場。試合は6分41秒、M齋藤が木村健にリングアウト勝ち)

2日後の6月1日、愛知県体育館(テレビ収録、観衆9890人超満員発表)で捲土重来、長州はマシンと組んで坂口、G高野組と対戦し8分18秒、長州がリキラリアットからの体固めで高野を破り、84年9月20日、大阪府立体育会館で谷津嘉章と組んでロジャー・スミス、トニー・セントクレアー組を破って以来2年8か月ぶりに新日本プロレスに復帰を飾りました。

長州は試合後の談話で「これでホッとしたよ。これまでの俺の行動を正当化するつもりはないけど、この3か月(2月20日、全日本プロレス後楽園ホール大会を欠場以来)、待っていてくれたファンの皆には感謝したい。これからはリング上で答えを出していくよ」とコメント。

首尾よく、長州以下旧ジャパン勢の新日本プロレス復帰が完了した訳です。

馬場は、新日本プロレスに引き抜かれて、その持てる力を発揮することなく85年1月の参戦を最後に新日本から声がかからなくなっていたアブドーラ・ザ・ブッチャー。

試合ボイコット、来日キャンセルとトラブルを起こしたブルーザー・ブロディ。

ブロディと行動を共にしましたが、主犯格でなく新日本継続参戦が認められましたが試合に精彩を欠き86年5月のIWGPチャンピオン・シリーズ以来来日が途絶えていたジミー・スヌーカの3人を全日本プロレスに復帰させることを新日本プロレスに対し申し入れ。

新日本プロレスは受け入れることにやぶさかではなく、ブッチャー、ブロディ、スヌーカは馬場の恩赦により全日本プロレスに復帰。

先ずブロディが87年10月のジャイアント・シリーズから復帰、ブッチャー、スヌーカも同年11月の世界最強タッグ決定リーグ戦から復帰しました。

最強タッグにはブッチャーはTNTとのタッグで出場。ブロディは当初、カーネル・デビアース(エド・ウイスコスキー)とのタッグで出場が発表されていましたが、スヌーカにタッグパートナーが変更になりました。

最強タッグ開幕第2戦の11月22日、後楽園ホールではスタン・ハンセン、テリー・ゴディ組vsブロディ、スヌーカ組の公式戦が実現。17分15秒に両チームリングアウトの無得点試合となりましたがハンセンとブロディの肉弾戦にファンは満足しました。

この日ブッチャー、TNT組はドリーとテリーのザ・ファンクスと対戦。試合はファンクスの反則負けでしたが、ブッチャーはテリーの右耳を凶器で突き刺して、かつての遺恨試合の再現にファンは熱狂致しました。

やはり、ブッチャー、ブロディは全日本プロレスのリングの方が水に合っている、そう実感させられました。
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