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2018年04月25日07:15

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飛龍革命〜あれから30年〜(4)

ゴールデンタイムから撤退させられたのは新日本プロレスだけではなく、日本テレビの全日本プロレスも同様でした。

全日本プロレス中継は88年4月3日より毎週日曜日午後10時33分からに移行しています。

72年10月の全日本プロレス旗揚げから毎週土曜日午後8時の時間帯で放送されて来ましたが、裏番組に子供に根強い人気を誇るTBSの「8時だヨ!全員集合」が常時30%台という数字を出しており苦戦を強いられました。

また、プロ野球シーズンには読売巨人軍の試合放送が優先され、巨人戦の中継がある日は午後11時45分からという時間帯で放送されていました。

75年に入るとフジテレビが「欽ちゃんのドンとやってみよう!」が90分枠でスタートさせました。当時「視聴率男」と言われた萩本欽一の人気は高く、全日本プロレスにとっては不利な材料となりました。

79年3月31日を以て、6年半続いた土曜日午後8時から撤退。4月7日放送分(4月6日、秋田県立体育館での第7回チャンピオン・カーニバル優勝決定戦、鶴田vsアブドーラ・ザ・ブッチャー戦をメインに放送)から毎週土曜日午後5時30分からに変更されています。

生中継は出来なくなりましたが、放送時間内に試合が途中で終わることがなくなりました。

ゴールデンタイムから撤退すれば番組スポンサーが弱体化する。そうなると放映権料収入も少なくなる。

そんな中で全日本プロレスにも経営危機説が持ち上がりましたが、81年夏に日本テレビの運動部長だった松根光雄が出向して来ました。松根は82年1月1日付で全日本プロレスの社長に就任しています。

松根社長は視聴率不振の原因は体力の衰えた馬場がメインを張っていることと指摘し、「これからは鶴田、天龍をメインに据え、馬場君にはプロモーター業に専念してもらいたい」と事実上の引退勧告を就任挨拶でしたことにより馬場との確執が早くも発生。

馬場は新日本プロレスから引き抜いたスタン・ハンセンと互角の死闘を展開し健在ぶりをアピールしています。

83年2月に帰国したザ・グレート・カブキはちょっとしたブームとなり、日本テレビでは同年2月26日に土曜日午後7時30分からの「土曜トップスペシャル」で前日の2月25日、愛知県体育館での鶴田vsトミー・リッチのUNヘビー級選手権試合、カブキvsタイガー・ジェット・シン、大仁田vsドスカラスのNWAインターナショナル・ジュニア・ヘビー級選手権試合と併せ、2月11日、ミズーリ州セントルイス・チェッカードームでのハーリー・レイスvs馬場のPWFヘビー級選手権試合、リック・フレアーvsブルーザー・ブロディのNWA世界ヘビー級選手権試合という強力なラインナップで番組を提供。

8月31日、蔵前国技館でのテリー・ファンク引退試合(ザ・ファンクスvsスタン・ハンセン、テリー・ゴディ組)を9月3日に放送。これ以降も四半期に一度のペースで特番が組まれました。

長州らジャパンプロレス軍が入ってきてから全日本プロレスのリングは活況を呈し85年8月28日、日本テレビで記者会見が行われ、10月19日より6年半ぶりにゴールデンタイム復帰(毎週土曜日午後7時)することが発表されました。
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