ジャパンプロレスの参戦で活況を呈していた全日本プロレスの85年激突!オールスター・ウォーズ。1月16日、熊本・芦北町立体育館からジャパンの首領、マサ齋藤が参戦。
長州、谷津嘉章とのアマレス五輪トリオを結成し鶴田、石川敬士、大熊元司組と対戦。鶴田とM齋藤は初対決。長州がリキラリアットから大熊を体固めで降しています。
2月1日、札幌中島体育センターでは鶴田、天龍組と長州、谷津組がノンタイトルで対戦、谷津が額から流血し錯乱、ノーコンテストに終わりました。
また2代目タイガーマスクと小林邦昭の一騎討ちが組まれ、両者リングアウトに終わっています。全日本、ジャパン両フロントは初代タイガーマスクと小林邦の虎vs虎ハンターの再現を目論みましたが、そもそも2代目タイガーは小林邦に遺恨も思い入れもないことから試合内容は凡戦となりました。
シリーズ最終戦は2月5日、東京体育館で10,250人(超満員)の観客を動員しています。
メインイベントは馬場のPWFヘビー級王座にタイガー・ジェット・シンが挑戦。14分40秒、コブラツイストで馬場がギブアップ勝ちし、前年7月31日、蔵前国技館でスタン・ハンセンを首固めで破り王座奪回してから初の防衛に成功しています。
馬場のコブラツイストでのフィニッシュは大変珍しく、これは11日前の1月25日、新日本プロレスの徳山市体育館で猪木がアブドーラ・ザ・ブッチャーを潰して引導を渡したことに対する「意趣返し」ではなかったかと思います。
コブラツイストと言えば若き日の猪木の得意技であり猪木はシンとの一連の抗争の中で、シンをコブラツイストでギブアップさせたのはシンが初来日した73年5月25日、岐阜市民センターでの3本勝負の2本目の1回だけ。(試合は反則勝ちでシンが2−1で勝利)
全日本プロレス潰しの為にブッチャーを引き抜き、飼い殺しにした揚げ句使い捨てにした猪木に対しての馬場の感情が出たフィニッシュでした。
馬場はシンをレスラーとしては商品価値を落としてしまいましたがプロモーターとしてはその後もシンの全国的な知名度を活かし、輪島大士の抗争相手を務めさせ、結果的にはシンの第1次新日本プロレス在籍時(73年5月〜81年6月)の8年1か月を上回る81年7月〜90年6月の8年11か月という長期に亘り、ブッチャーのように来日間隔が途切れることなく使い続け、90年の馬場、坂口新日本プロレス社長時代の協力路線によるトップ会談で、WWFとの契約が切れたアンドレ・ザ・ジャイアントを全日本にトレードする際の見返りとしてシンを古巣の新日本に返しており、誠実な対応をしています。まあ、この辺りが猪木とは決定的に違う点で、多くの来日トップ外国人レスラーが全日本プロレスへの参戦を希望するのは納得いきます。
セミファイナルでは鶴田、天龍組とM齋藤、長州組が対戦、16分53秒両チームリングアウトとなりました。
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