第5回MSGタッグ・リーグ戦はハルク・ホーガンの途中帰国により、ホーガン、ワイルド・サモアン組が1試合やったのみで以後のリーグ戦を棄権。ダイナマイト・キッド、デービーボーイ・スミス組の直前キャンセルで実質的には6チームの争いとなり、興行的には公式戦の行われない日も出来てしまい、過去にない盛り上がりに欠けた展開となりました。
それでも辣腕プロモーター、富野徹三氏率いる共同企画主催の11月30日、愛知県体育館(テレビ生中継)は11,500人超満員発表と意地を見せました。メインイベントでは猪木、藤波組がストロング・マシン1&2号に勝利。フィニッシュにはなりませんでしたが藤波がマシン1号相手に久々にドラゴン・スープレックスを決めてファンを喜ばせています。
12月1日、沼津市民体育館でアンドレ・ザ・ジャイアント、ジェリー・モロー組がストロング・マシンズに不覚の反則負けを喫し優勝戦線から脱落。
12月5日、大阪府立体育会館での優勝決定戦は猪木、藤波組とディック・マードック、アドリアン・アドニス組の組合せとなり、33分31秒という死闘の結果、猪木が卍固めでアドニスをギブアップさせて優勝しました。
決勝を大阪に持って来たのは蔵前国技館が老朽化の為この年の秋場所を持って閉館され、翌85年初場所からは両国の新国技館に移転が決まっていた為です。
選手、フロント大量離脱で団体存続の危機に晒された84年でしたが最後は猪木、藤波の師弟コンビがリーグ戦優勝し有終の美を飾りました。
国内全日程は終えましたが猪木とザ・コブラは12月28日、ニューヨークMSGのWWFの定期戦に出場、猪木はデビッド・シュルツを破り、コブラはブラック・タイガーとキッドの全日本プロレス移籍により空位となったWWFジュニア・ヘビー級王座決定戦を行い、13分35秒、クロスボディからの体固めでコブラが王座を獲得しました。
コブラはこれでNWA世界ジュニア・ヘビー級王座と併せて2冠となり、1年以上かかりましたが初代タイガーマスクが保持していた2つのベルトを手中に収めました。
キッド、スミスが電撃参戦した全日本プロレスの世界最強タッグ決定リーグ戦は豪華メンバーが集結、新日本プロレスの低迷をよそに活況を呈しました。
馬場のパートナーが当初は?となっており、ミステリアス・パートナーと発表されていました。当時ファンの間では馬場がアンドレを引き抜いてパートナーにするのでは?という噂がまことしやかに流されていましたが、アンドレは予定通り新日本プロレスに来日。新日ファンはホッと胸を撫で下ろしました。
11月22日、松戸市運動公園体育館での開幕戦に姿を現したのはUWFを退団したラッシャー木村でした。R木村は「初めて自分の意思で(参加団体を)決めました」とコメント。
65年に日本プロレスでデビューしたR木村は東京プロレス、国際プロレス、新日本プロレス、UWFと団体を渡り歩きましたが、いずれも豊登、吉原功、新間寿らに言われての移籍でした。ですがプロレスラーを続けていく以上は全日本プロレスしか選択肢が残されていなかったのもまた事実かと思います。
12月4日、高松市民文化センターでジャパンプロレスがチャリティー興行として旗揚げ戦を開催。長州はメインで新日本プロレスのストロング・マシンのパロディー版、怪覆面Xと試合を行い、1分35秒、サソリ固めでレフェリーストップ勝ち。
怪覆面Xの正体は、この日の全日本プロレス、福岡国際センター大会を欠場している渕正信説が濃厚と言われています。
最終戦の12月12日、横浜文化体育館についに長州が全日本のリングに登場、谷津嘉章、アニマル浜口と組んで石川隆士、グレート小鹿、大熊元司組を撃破しています。
最強タッグ公式戦は鶴田、天龍組が前年度優勝のスタン・ハンセン、ブルーザー・ブロディ組に反則勝ちし最多得点で初優勝を果たしました。
アメリカに帰国したブロディの元に、猪木の密命を受けた山本小鉄が向かいました。山本はアメリカ修行時代、ブロディのボスであるフリッツ・フォン・エリックに可愛がられており、交渉役としては一番適任だったと思われます。そこで、ブロディの1本釣りに向けての折衝が始まりました。
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