しかも、日本プロレスは先に発表されていた国際プロレスの東京体育館大会の同日である71年3月2日に蔵前国技館大会をぶつけて来ました。
国際はマッドドッグ&ブッチャーのバション兄弟にグレート草津、サンダー杉山組が挑戦するAWA世界タッグ選手権試合、ラッシャー木村vsザ・?(クエスチョン、ランディ・サベージの父親にあたるアンジェロ・ポッフォが正体)の金網デスマッチ、凱旋帰国のマイティ井上vsビル・ミラーというカードでしたが3000人発表という不入り。
日本プロレスの蔵前は馬場、猪木組vsミル・マスカラス、スパイロス・アリオン組のインターナショナル・タッグ選手権試合がメインイベントで9000人発表と満員マークはつかなかったものの、国際プロレスの興行の足を引っ張ることには成功しています。
国際プロレスの吉原功社長にとってマスカラスは苦い思い出しかありませんが、選手として魅力的であり集客が見込めることは間違いないところでした。
マスカラスは日本プロレス崩壊後は73年10月の創立1周年記念ジャイアント・シリーズから馬場の全日本プロレスにレギュラー参戦していますが、
前77年2月のエキサイト・シリーズから入場テーマ曲にイギリス、香港合作映画「スカイハイ」のメインテーマ曲(ジグソー)を使用して楽曲との相乗効果で大ブレイクしていました。
では吉原社長がマスカラスを国際プロレスにレンタル参戦させたいと馬場にオファーしたのはいつの話なのでしょうか?
マイティ井上の証言が出てから直ぐ、今年18年になってからヤフオクにてマスカラスが国際プロレスに特別参加する予定だった幻の興行用ポスターが出品されて350000円の値段がついています。
M井上の話は本当でした。
ポスターの日付を見ると9月15日(金)、津久見市体育館(大分県)とあり、日本側のメンバー以外ではデビット・シュルツの写真があり、リップ・タイラー、レッド・デビルス1&2号(チン・リー&ボビー・クリスティーが正体と言われている)、キース・ハート、ダニー・バビッチ(イワン・バルコフのリングネームで74年6月、国際のビッグ・サマー・シリーズに初来日、友情参戦したアンドレ・ザ・ジャイアントとタッグを組んだ)。等の顔ぶれの名前がありました。
これは78年9〜10月のダイナマイト・シリーズでした。
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