スーパースター・ビリー・グラハムvsボブ・バックランドのWWWFヘビー級選手権試合は藤波vsテッド・アダムスのWWWFジュニア・ヘビー級選手権試合と一緒に78年2月24日のテレビ朝日、ワールドプロレスリングの中放送されました。
海外のタイトル移動劇は日本テレビの全日本プロレス中継の専売特許で、NWA世界ヘビー級王者交代のビデオテープをよく放送で流していましたが、テレ朝でもこの年から藤波の活躍を契機に海外中継が増えていきます。
この放送があった2月24日には、藤波がWWWFジュニア・ヘビー級のベルトを持って2年9か月に及ぶヨーロッパ、アメリカ、メキシコでの海外修行から凱旋帰国、師匠である猪木も同席して、羽田空港のVIPルームで帰国会見が盛大に行われました。
この藤波の扱いは新日本プロレス旗揚げ以来、初の待遇であり、会社が全面的にバックアップしているのがよくわかりました。
藤波が凱旋帰国した初のシリーズとなるビッグ・ファイト・シリーズは3月3日、高崎市体育館で開幕。
マスクド・スーパースター、イワン・コロフ、藤波がメキシコでライバル関係にあったカネック、1月27日にロスで藤波に挑戦し敗れた全身タイツ姿のマスクド・カナディアン(ロディ・パイパー)、ロン・スター、ロベルト・ソトの外国人選手が参加。
また、Mスーパースターのマネージャーとしてグレート(ラリー)・マレンコが参加しています。
藤波は開幕戦ではカナディアンとのシングルマッチが組まれました。
カナディアンはパイパーとしても十分稼げる選手であり、顔もいいし、何もマスクを被らなくても良さそうなものでした。日本用に作られた即席マスクマンではなく、ちゃんと前77年秋頃からカナディアンとしてロサンゼルスで試合をしていました。
藤波の入場テーマ曲に使用されたのはビル・ロビンソンが使っていたのと同じカール・ダグラスの「ブルー・アイド・ソウル」
ブルース・リーの空手映画が全米でヒットした影響でカンフーブームがアメリカでも発生しカンフー調のディスコミュージックが多数発売されており、その中の一曲でした。
邦題が「ソウル・ドラゴンのテーマ」であったことからドラゴンつながりで藤波の入場テーマ曲に使われたと思います。
藤波は白のフード付のショートガウンで颯爽とリングに登場しています。
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