mixiユーザー(id:21258650)

2026年10月03日11:00

88 view

【配信連動企画】昭和プロレス年史外伝��1976年の新日本プロレス(3)

フォト

76年1月9日福岡九電記念体育館で、アントニオ猪木とタイガー・ジェット・シンのシングルマッチが組まれました。(ノンタイトル60分1本勝負)

試合前、シンは「猪木の武道館での対戦相手は俺ではないのか!何故あんな柔道野郎なんかと試合をするのか?こうなったら、猪木に怪我をさせて武道館のリングに立てないよう半殺しにしてやる」

と敵意を剥き出し、前週までのクリーンファイトは一変し、本来の狂虎ぶりを発揮。

試合前にレフェリーのミスター高橋を襲撃、高橋はダウン。急遽、田中米太郎レフェリーが駆り出されました。

しかし、田中レフェリーはシンの反則対応についていけず、チョーク攻撃を繰り返し、猪木は鉄柱攻撃により額からおびただしい流血。

試合は場外戦となり、シンは場外でも猪木の首をチョークに捕らえて離さず、カウントは進み13分26秒、両者リングアウト。

やられっ放しの猪木も収まりがつかず、ウィリエム・ルスカとの試合の1週間前である1月29日大阪府立体育会館で時間無制限1本勝負で再戦することを発表しました。

シンにとってはルスカ戦の1週間前に猪木を叩き潰しておきたいところでした。

1月29日、大阪府立体育会館は「何かが起こる」と期待したか、9,800人(テレビ収録、超満員)発表の観客を集めました。

試合はまたしてもシンがチョーク攻撃、凶器攻撃で優位に立ち、サーベルで猪木の顔面を一撃、猪木は鼻の左上の部分がザックリと裂ける裂傷。

シンはアトミックドロップの要領で猪木を担ぎ上げて、急所をトップロープに叩き付けました。

20分1秒、猪木の反則勝ちとなりました。ダウンしている猪木に坂口が介抱の為にリングに入ると、マイクを掴み、「武道館では、自分がシンとやります。猪木さんの仇を打ちます!」とアピールしました。

その後も猪木は欠場することなく試合に出続けましたが、2月5日の札幌中島スポーツセンターで予定されていた坂口と組んでシン&ブルータス・ムルンバ組と防衛戦を行う(当初はシン&ブルドッグ・オットー〔オットー・ワンツ〕組が挑戦と発表されていたがいつの間にかムルンバに変更されていた)予定だった北米タッグ王座は返上。

2月5日札幌中島スポーツセンター(テレビ収録、観衆7,500人超満員発表)では猪木に代わり、前75年9月22日愛知県体育館で左膝蜂窩織炎(ウイルス性関節炎)で長期欠場となった猪木の代打でハリウッド・ブロンドス(ジェリー・ブラウン&バディ・ロバーツ)と同王座決定戦を行い、1人で2フォール奪われて惨敗したストロング小林が坂口と組んで王座決定戦に出場。

1本目は7分19秒、シンがS小林をコブラクローから体固め、2本目は5分18秒、奮起したS小林がここ一番しか出さないバックドロップでムルンバを体固め。

3本目は4分3秒、控室にサーベルを取りに戻ったシンが謎のリングアウト負けを取られ、坂口、S小林組が2-1で勝って新王者となりました。

2度の猪木戦に敗れた後、75年1月からフリーで新日本に参戦し、同年5月30日に正式に所属となったS小林は猪木、坂口との「ビッグ3」と言われながらも泣かず飛ばずでしたがようやく8か月にしてベルトを手にしました。
3 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2026年10月
日 月 火 水 木 金 土
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031