76年新日本プロレス「アジア・リーグ戦」最終戦、8月5日、蔵前国技館大会、セミファイナルで予定されていたストロング小林と上田馬之助のシングルマッチは前回書いた理由で中止になりました。
セミファイナルは坂口征二&S小林&星野勘太郎組とジート&ボロのザ・モンゴルズ&アリババ組の6人タッグマッチ45分3本勝負。1本目は14分52秒、星野がアリババを回転エビ固め、2本目は1分16秒、S小林が逆エビ固めでジートをギブアップさせて2−0のストレートで坂口&S小林&星野組の勝利。帰国後、モンゴルズは解散、ボロは翌77年3月、「第4回ワールド・リーグ」に「流星仮面」マスクド・スーパースターに変身してブレイク、新日本プロレスのトップ外国人に昇りつめていくことになります。
セミ前は木戸修とマジット・アクラのシングルマッチ30分1本勝負で7分44秒、ネックブリーカー・ドロップからの片エビ固めで木戸のフォール勝ち。永源遙とガマ・シンのシングルマッチは6分6秒、永源が片エビ固めであっさり勝ちました。前日タッグ部門では優勝決定戦まで進出したガマでしたがお役御免とばかり最終戦は永源にボロ負けしています。
ハン・リー&ゴーディ・シン組は木村たかし(聖裔、健吾)&荒川真(誠、ドン)組と対戦、11分30秒、Hリーが荒川を体固めで破りHリー&ゴーディ組の勝利。フィニッシュは記憶が正しければクロスチョップだったかと思います。
前75年12月「第2回カール・ゴッチ杯争奪リーグ戦」に優勝、シリーズ終了後、短期の西ドイツでの武者修行に出る藤原喜明と同じく第1回大会準優勝者で同じく短期の西ドイツ武者修行が決定した小沢正志(キラー・カーン)が壮行試合としてシングルマッチで対戦、20分時間切れ引き分けとなりました。
全日本プロレスとの興行戦争ですが、同時期に新日本プロレスから半年余りで引き抜いたビル・ロビンソンをエースに7月1日、名古屋市体育館で「サマー・アクション・シリーズ」が開幕。
開幕戦の名古屋はノーテレビでしたが、2月に馬場と口論となり、試合前の後楽園ホールの控室から荷物をまとめて出ていき、そのまま全日本プロレスを離脱したサンダー杉山が、古巣国際プロレスのリングにフリー参戦する3日前のこの日に全日本プロレスのリングに上がり、ジェリー・ブリスコとシングルマッチで対戦、10分59秒、両者リングアウトの引き分けとなっており、馬場と和解したと思われます。
第2戦の後楽園ホールはテレビ収録でメインイベントがジャンボ鶴田&ヒロ・マツダ組vsロビンソン&ジェリー・ブリスコ組、セミファイナルが馬場vsジ・アベンジャー(ムース・モロウスキー)で2,000人発表で満員とは成らず。1週間後の新日本プロレス「アジア・リーグ戦」開幕戦が2,200人発表で200人の僅差で新日本プロレスが勝っていますが、水増し発表範囲内の誤差なので互角と見るのが妥当な線でしょう。
ロビンソンは7月17日、北九州市小倉区三萩野体育館(テレビ生中継、観衆4,000人満員発表)大会で鶴田と試練の十番勝負第4戦で対戦しました。
ロビンソンとの試練の十番勝負第4戦はテレビ生中継で1本目試合開始後15〜20分位から放送開始。1本目は29分5秒、ロビンソンがヨーロピアン・クラッチ(欧州式エビ固め)で先制、2本目は21分59秒、鶴田がロビンソンのでヨーロピアン・クラッチを切り返してのエビ固め。
2本目が終わった段階で残り試合時間10分弱、決勝の3本目はお互いに決め手を欠き、60分時間切れ、さらに5分間の延長戦も時間切れに終わり、1−1のドローでした。十番勝負成績は4戦1杯3分でした。
前75年12月11日、蔵前国技館での猪木vsロビンソン戦で猪木はロビンソンを「スープレックスで投げると試合前に公言していましたが、ロビンソンは徹底してこれをディフェンス。猪木のダブルアーム・スープレックスは相手をリバース・フルネルソンに捕らえて、頭を脇に入れて投げます。ここまではロビンソンと同じですが、一旦両足を屈めて後方に倒れ込み、マットに着地した時に差した手を返すスタイルで孤が小さくて見栄えも決していいとは言えず。ダブルアームは痛め技として使っている感じでした。
55分前後、猪木はロビンソンをダブルアーム・スープレックスで投げましたが、ただ後方に倒れただけで「スープレックスで投げた」というところまではいってません。
鶴田vsロビンソン戦も互いにダブルアーム・スープレックスを得意にしている者同士の対戦ですが、鶴田が本家ロビンソンを「相手の頭を胸の位置にして、そこから弧を大きくゆっくり投げて、相手を足から落とすドリー・ファンク・ジュニア式」であっさり投げてしまったのは猪木ファンは悔しい思いをしたかと思います。
馬場vsロビンソンのPWFヘビー級選手権試合は翌週の7月24日、蔵前国技館(テレビ生中継、観衆9,800人満員発表)大会で行われました。前週の鶴田とロビンソンの試合が引き分けに終わった段階でおおよそ、勝敗結果というのは予測されましたが…。
1本目は9分24秒、馬場がバックドロップから片エビ固め、2本目は6分8秒、ロビンソンが逆片エビ固め、決勝の3本目は5分45秒、馬場がランニング・ネックブリーカードロップから体固めで、ロビンソンから「初の2フォール勝ち」を奪い2−1で馬場が勝ってPWFヘビー級王座31度目の防衛に成功しました。
馬場は前75年10月30日、蔵前国技館での大木金太郎戦で「猪木が大木を倒した13分13秒のおよそ半分の時間の6分49秒で大木に勝った」に続き、「猪木が勝てなかったロビンソンに2フォール奪って勝った」という三段論法的な勝負論で馬場は猪木より強い、という印象操作をファンに与えました。
興行的には蔵前国技館は全日本プロレスの7月24日が9,800人満員、新日本プロレスの8月5日が8,800人と全日本プロレスの勝利に終わりました。猪木vsタイガー・ジェット・シンもそろそろマンネリの声が聞こえました。(完)
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