76年新日本プロレス「アジア・リーグ戦」も残すところ後3大会。第23戦、8月3日青森県営体育館(観衆2,500人発表)大会。
メインイベントはタッグ部門決勝リーグ戦(45分3本勝負)2戦全勝チーム同士の坂口征二&ストロング小林組とタイガー・ジェット・シン&ガマ・シン組の対戦。1本目は18分7秒、S小林とTJシンが両者リングアウトで1−1、決勝の2本目は1分24秒、S小林がガマを体固めで降し、2−1で坂口&S小林組が勝ち、3戦3勝の3点で1位、TJシン&ガマ・シン組は3戦2勝1敗の2位に終わりました。
セミファイナルはアントニオ猪木がジート・モンゴルとシングルマッチ45分1本勝負で対戦し7分35秒、アバラ折り(コブラツイスト)でギブアップ勝ちを収めました。
前回書いたようにこちらのリーグ戦の勝敗結果に関わらず、翌8月4日、仙台・宮城県スポーツセンターでの優勝決定戦は青森大会と同一カード、1位の坂口&S小林組と2位のTJシン&ガマ・シン組の組み合わせとなることは試合前から判っており、創意工夫のない安直なマッチメイクだと言わざるを得ません。
決勝リーグ戦が4チームしか出場しないのでもう少し頭の使いようはあるはず。私がマッチメイクするとすれば以下のようにします。(以下、飛龍革命版タッグ部門決勝リーグ戦妄想星取表)
初戦7月22日岡山、坂口&S小林1点(2−1)モンゴルズ0点� �ボロ(体固め)●S小林�◆�坂口(逆エビ固め)●ジート��○S小林(体固め)●ボロ。
7月26日長崎、坂口&S小林1.5点(1−1)猪木&木戸0.5点� �S小林(カナダ式背骨折り)●木戸�◆�猪木(逆さ押さえ込み)S小林��△時間切れ引き分け。
7月27日福岡、猪木&木戸1.5点(2−1)モンゴルズ0点� �ボロ(体固め)●木戸�◆�木戸(体固め)●ジート��○猪木(体固め)●ボロ。
7月30日清水、モンゴルズ1点(2−1)TJシン&ガマ・シン0点�、ノ哨螢鶚◆�ボロ(カナダ式背骨折り)●ガマ※2本目、モンゴルズ側にTJシンと仲間割れしたマジット・アクラが加担。
8月1日甲府、TJシン&ガマ・シン1点(2−1)猪木&木戸1.5点� �TJシン(コブラクロー)●木戸�□ノ哨螢鵝�
8月3日青森、TJシン&ガマ・シン2点(2−1)坂口&S小林1.5点� �S小林(カナダ式背骨折り)ガマ�◆�外国人組(反則勝ち)日本組��○TJシン(体固め)●坂口。
1位TJシン&ガマ・シン組2点、同点2位坂口&S小林組、猪木&木戸組1.5点。8月4日仙台で2位同士の優勝決定戦進出者決定戦(時間無制限1本勝負)が実現。○坂口&S小林(試合放棄、TJシン乱入により猪木脇腹負傷)●猪木&木戸。坂口&S小林組が優勝決定戦に進出。
モンゴルズを全敗にしなかったのはボロ・モンゴルが翌77年にはマスクド・スーパースターに変身してブレークすることを加味してあります。
話を実際のリング上に戻しますと、第24戦、8月4日仙台・宮城県スポーツセンター(テレビ収録、観衆3,500人発表)大会のメインイベントでタッグ部門の優勝決定戦、初代アジア・タッグ王座決定戦(60分3本勝負)が行われ、リーグ戦1位、坂口&S小林組と第2位、TJシン&ガマ・シン組が対戦、1本目は12分58秒、坂口がガマを逆エビ固め、2本目は9分21秒、TJシンがS小林を体固め、決勝の3本目は2分6秒、S小林がガマをブレーンバスターから体固めに決めて2−1で坂口&S小林組が優勝、初代アジア・タッグ王者チームに認定されました。
坂口&S小林組は北米タッグ王座と併せてタッグ二冠王者になり、アジア・リーグ戦はヘビー級がTJシン、タッグが坂口&S小林組が初代王者という順当と言えば順当な結果に終わっています。
セミファイナルは猪木vsアクラのシングルマッチ45分1本勝負で7分29秒、猪木がグラウンド・コブラツイスト気味のバナナ・スプレッドからのエビ固めでフォール勝ち(「揺り椅子固め」と表記の文献もあり)していますが、こちらは04年にビデオパック・ニッポン&東北新社から発売されたDVD−BOX「アントニオ猪木大全集」に収録されている他、テレ朝チャンネル「ワールドプロレスリングクラシックス」でも繰り返し再放送されていました。
前半のグラウンドでの地味な攻防の中に、アクラのジョン・ダ・シルバとしての実力派シューターぶりを伺えるシーンが見られ、猪木ファンの間ではアクラの評価は決して低くはありません
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