前回の74年12月12日、新日本プロレス蔵前国技館でのアントニオ猪木vsストロング小林のNWF世界ヘビー級選手権試合、勝者猪木インタビューの続きです。小林を返り討ちにして意気上がる猪木はついに馬場への内容証明郵便による挑戦状を送付すると発表。
ー「しかし、あなたがそれほどまでにジャイアント馬場を追い続ける理由は何なのか?そこにどんな意義があるのか?」
猪木「プロレスが何だかんだと言われる原因はどこにあると思いますか?いい加減なプロレスをやっている人がいるからですよ。俺が何のために小林戦をやり、大木戦をやるのか?そんなプロレスに対する世間のバカにした見方を覆したいからですよ。
最近プロレスを何だかんだ言う人も『猪木さん、あんたのところは別だけど』と言った言い方をするようになった。これは、俺のやってきた努力をその人が認め、プロレスをわかってくれたからだと思う。
何もプロレスは喧嘩じゃなくてはいけないとか、何が何でも技で無ければいけない、そんな堅苦しいことは言わない。少なくとも人からバカにされるようなプロレスをやるな、ということです。
俺が日本統一を目指すのも、決して俺の私利私欲の為ではない、ということをハッキリ言っておきたい。馬場さんと闘うのもその為だ。日本選手権というのは絶対にやらねばならんのですよ。」
ー「馬場がやらないと言って来たら、諦めるのか?」
猪木「だから納得できるような返事をしてもらいたい、公式にね。自信がないんならそれでいい。『俺は日本選手権から降りる』と。『時期尚早』と言うなら、一体いつになったらやるのか?
『統一機関を作って、それが認定するならやる』と言うなら、その統一機関を作るために、いつどこで会おうとか、私は話し合うなら話し合って、闘いなら闘いで、どっちでもいい、ハッキリしてもらいたいと思う。」
ー「NWAグループに入っている全日本プロレス、入っていない新日本プロレス(74年12月時点)では格が違うと一部の新聞で馬場は言っているが…。」
猪木「格が違うとどうして闘えないのか、それをハッキリしてもらえばいいんです。俺がNWAグループじゃないから闘えないと言う理由はないんですよ。NWAというのはプロモーターの組織で、選手の組織じゃない。
NWAからも現にウチへどんどん選手が来ている。しかも一流ランクのね。アメリカ人ならNWAのグループの選手でも俺が闘えて、日本人である馬場さんが俺と闘えないという理屈はない。ハッキリ逃げ口上、そういうことは聞き飽きたというんですよ!」
ー「あくまでも馬場が拒否し続ければ、馬場無視で日本選手権ベルトを締めるのか?」
猪木「それは皆さんに判断してもらう。皆さんが馬場はこの問題から棄権と見做そう、もう追いかけるなといえば追いかけませんよ。
俺だって時間の無駄だし、バカバカしいですからね。いずれにしても1975年は日本選手権、ハッキリ日本統一を目指します。ここまで来てもう引き返せません。
そして、結局の目的は世界統一、私はNWFの世界チャンピオンだが、誰とでもやる。そして勝つ自信がある。改めてそれを宣言しますよ。」
ー「ブラジルではアンドレ・ザ・ジャイアントとNWF世界戦をやるわけですね。」
猪木「そうです。223cmを寝かせる作戦は出来ている。元気で行ってきますよ。」
ー「ブラジルでは勲章をもらうそうですね。」
猪木「はい、グラン・デ・クルス賞と言って、ブラジルの象徴である南十字星を型どったものでブラジルの最高権威の勲章です。
日本人では故吉田茂元首相、田中角栄前首相に次いで3人目だそうで、非常に名誉な事だと思っています。とにかく75年は日本統一、世界統一の為に死物狂いでやる。アントニオ猪木の勝負の年になるでしょう。」
2度に亘って猪木に敗れたストロング小林は、猪木の日本選手権、世界統一の目的達成の為の噛ませ犬、踏み台にされてしまいました。
猪木は翌12月13日奇しくも日本プロレスを除名・追放処分となった3年後の同じ日に内容証明郵便で馬場に対し「対戦要望書」を送付。そのまま、初の「ブラジル遠征シリーズ」に出発しました。
12月15日(海外での日付は現地時間)サンパウロ・コリンチャン・スタジアム(テレビ実況では『コリンチャン・パウリスタ・スポーツセンター』と舟橋慶一アナウンサーが言っている。テレビ収録、観衆15,500人超満員発表)で猪木はアンドレ・ザ・ジャイアントとNWF世界ヘビー級王座防衛戦を行い、アンドレの左腕にキーロックをかけたままアンドレがこれを持ち上げ、両者場外に転落、19分31秒、両者リングアウトで猪木が9度目の防衛に成功しました。
翌12月16日ルバング島から帰還した「最後の日本兵」でサンパウロ在住の小野田寛郎氏と対談。小野田氏は前日の猪木vsアンドレ戦を会場に観戦に訪れており、猪木の宿泊先であるサンパウロ・ヒルトンホテルを訪ね、親交を深めました。
12月19日には北伯のロンドリーナ・モリンゴン・スタジアム(観衆8,000人発表)で猪木&坂口征二組がアンドレ&トニー・チャールス組を2−1で破り北米タッグ王座3度目の防衛。
12月20日サンパウロ新聞社ホールで猪木は「スポーツを通じて、日本、ブラジル両国の発展に寄与した」としてブラジル政府より「グラン・デ・クルス賞」を受賞、授賞式が行われました。
猪木にとっては最高の1年だったと思います。
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