75年10月30日、全日本プロレスの「創立3周年記念ジャイアント・シリーズ」最終戦、蔵前国技館大会が行われ、ジャイアント馬場vs大木金太郎の一騎討ちが人気を呼び12,000人(超満員発表)の大観衆を動員してみせました。全日本プロレスは旗揚げ3年にして初めて蔵前国技館を超満員札止めにしています。
試合はノンタイトル戦(時間無制限1本勝負)の為、ダブル・メインイベントの第1試合として行われ、大木の原爆頭突きで額から流血した馬場でしたが、ショルダー・タックルの打ち合いから2発目のタックルに来た大木をカウンターのランニング・ネックブリーカードロップに捕らえ、6分49秒、体固めでフォール勝ち。
前年10月10日、同所でアントニオ猪木が大木を倒すのに要した「13分13秒」のおよそ半分の時間で馬場は大木を破り、間接的に「馬場は猪木より強い」というイメージを与えることに成功しています。
猪木vs大木戦は前74年10月10日蔵前国技館での一戦の他に3月27日韓国・ソウル市奨忠退院で猪木が大木のインターナショナル王座に挑戦した試合は13分38秒、両者リングアウトの引き分け。
4月4日蔵前国技館での第2回ワールド・リーグ戦公式戦ではゴング前からの大木のヘッドバットの奇襲で僅か1分16秒、大木がリングアウト勝ち。中身はともかく、スコアの上では1勝1敗1分の五分であり、猪木は大木と決着戦を行う前に全日本プロレスに引き抜かれており、結果的には最後、大木に勝ち逃げされた状態で馬場に短時間で負けてしまったのは猪木には痛手でした。
蔵前大会ダブル・メインイベント第2試合は10月12日、大阪・吹田市千里中央万博記念公園お祭り広場でザ・デストロイヤーを破り、PWF認定USヘビー級王者となったアブドーラ・ザ・ブッチャーが鶴田を相手に初防衛戦を行い、1−1からリングアウト勝ちでブッチャーが2−1で初防衛に成功しています。
また、この日の蔵前国技館大会に国際プロレスの吉原功社長がラッシャー木村、グレート草津、マイティ井上の3選手を連れて来場、12月に予定されている「オープン選手権」に国際プロレスの3選手を参加させると表明しました。
新日本プロレスとの興行戦争ですが、少し前になりますが新日本プロレスの10月2日大阪府立体育会館がジェリー・ブラウン&バディロバーツ組のハリウッド・ブロンドスに猪木&坂口征二組が挑戦した北米タッグ選手権試合が5,400人発表。8日遅れで開催された全日本プロレスの10月12日千里中央万博記念公園お祭り広場でのデストロイヤーvsブッチャーのPWF認定USヘビー級選手権試合が6,100人(満員発表)で全日本プロレスの勝利。
東京は10月9日蔵前国技館での猪木vsルー・テーズのNWF世界ヘビー級選手権試合が10,500人満員発表、30日全日本プロレスの蔵前国技館が前述の通り馬場vs大木戦が人気を呼んで12,000人超満員発表でこちらも全日本プロレスの圧勝に終わり、馬場と日本プロレス時代からの大物外国人レスラーとの対戦では客が呼べずにいた全日本プロレスが一矢報いた形になりました。
やはりプロレスファンはタイトルマッチよりも遺恨試合の方が好きなようです。
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