新日本プロレス75年「第2回ワールド・リーグ戦」は猪木の大逆転2連覇でその幕を閉じましたが、最後の最後まで読めない優勝争いを展開し、大きな盛り上がりを見せました。
優勝したアントニオ猪木は4月4日蔵前国技館での開幕戦で大木のヘッドバットのラッシュによる奇襲攻撃をくらい、僅か1分16秒、リングアウト負けを喫するという黒星スタートで、前「ビッグ・ファイト・シリーズ」では3月13日広島県立体育館でタイガー・ジェット・シンとの王座決定戦に敗れNWF世界ヘビー級王座を奪われ、3月20日蔵前国技館でのリターンマッチにおいても両者リングアウトで逃げられてしまい、「不調」、「元気がない」と言われていただけに開幕戦の黒星発進は痛かったです。
その後永源遙、星野勘太郎、マサ齋藤らを連破して調子を戻した矢先に4月25日広島県福山市体育館でクラップにリングアウト負けで2敗目となり、決勝進出に黄信号が灯りました。ストロング小林との3度目の対決は時間切れ引き分けとなり、公式戦最終日までは5強の中で星勘定は最も不利。
しかし追い込まれた時の勝負強さは流石に猪木で5月15日、大阪府立体育会館で坂口征二に後方回転エビ固めで逆転勝利、決勝進出への切符を手にし、S小林、クラップをグラウンド卍固めで一夜にし連破し優勝。踏んでいる場数の違いを見せつけていますが、本音としては坂口との優勝決定戦で勝って優勝したかったことでしょう。
準優勝のクラップは2年連続のファイナリスト、猪木、坂口、S小林の3強を相手に反則を織り交ぜながらも総ナメにして見せ、伏兵山本小鉄に金星を献上したものの、堂々の公式戦1位通過。技も「青銅の爪」ブレーンクロー(ブロンズクロー)とニースタンプ位しかなく、シンのような本格派レスリングの片鱗を見せる訳でもなく、実力以上の成績と言えますが、弱体外国人と言われた中で大いに気を吐きました。
坂口は前74年の第1回大会は5月8日、東京体育館での巴戦による優勝決定戦第2試合で猪木と対戦中にクラップ、ジ・インベーダー(ビル・ドロモ)の無法乱入による襲撃を受けて大流血、ドクターストップによる棄権で優勝を逃し、開幕戦前の下馬評とファンの心情として「坂口初優勝」が待望視されていました。
開幕戦でS小林と時間切れ引き分けでスタート、苦手意識のあるクラップの卑怯な凶器攻撃の前にフォール負けを喫しましたが順調に白星を重ね、因縁の大木との試合は初戦の福山ではノーコンテスト、本来なら両者無得点のケースでしたが試合監視委員会の裁定により5月9日高松市民文化センターで異例の再試合、大木の錯乱によりリングアウト勝ちを拾ったのは大きかったです。
しかし、土壇場で猪木にフォール負け、決勝進出者決定トーナメントでは大木の挑発に乗って大木との組み合わせを応諾してしまい、感情が先行して両者リングアウト、失格となり2年連続して不本意な形で優勝出来なかったのは残念。決勝進出者決定トーナメントがvs猪木、vsS小林のどちらかだったら違った結果になったと思われ、この時33歳、肉体的充実は猪木以上と言われていただけに非常に惜しまれます。
ストロング小林は15戦11勝1敗3分の12.5点で猪木、坂口征二、大木金太郎と並ぶ同点2位で公式戦を終え、同点4人による決勝進出者決定トーナメントで猪木に敗れました。
負けは4月18日福生市民体育館でのキラー・カール・クラップの1敗だけ、5月3日北九州市小倉区三萩野体育館では初シングル対決の大木にフォール勝ち、猪木、坂口の新日本プロレス2大巨頭とはいずれも30分時間切れ引き分けと国際プロレス所属時代最後に参戦した73年9〜10月開催の「第5回IWAワールド・シリーズ」よりは遥かにいい成績に終わりました。
最終公式戦のスーパー・デストロイヤー戦で両者リングアウトで足を引っ張られていなければ、単独2位でクラップと優勝決定戦を行っていた可能性もあっただけに惜しまれます。
引き分けが3つはS小林1人だけで、スロースターターと言われ「勝ち身が遅い」という評価もありました。猪木、大木と違い、トリッキーで変則的な動きが出来なかったのはパワーファイターとしての部分と本来の温和な性格に起因する部分と両方あったかと思います。
新日本プロレスのシリーズ初参戦となった大木は開幕戦で猪木に速攻のリングアウト勝ち、坂口との日本プロレス崩壊時の因縁を巡る血の抗争でリーグ戦を大いに盛り上げました。坂口との抗争はプロレスのアングルと、実際の人間として本来の素の感情が複雑に交錯したものでしたが注目を集めました。
新日本プロレスとはこのシリーズと、シリーズ終了後の韓国ツアーで関係が終わってしまい、10月には全日本プロレスに参戦してしまうのは残念でした。
単独6位は10勝4敗1分、10.5点のスーパー・デストロイヤー。本連載(138)でも書いていますので重複部分は割愛しますが、「○○の一つ覚え」とマスコミに厳しく評されたカナディアン・バックブリーカー以外大した動きは出来ず、一本調子の試合しか出来ませんでしたが、外国人ナンバー2としての役割は果たしたと思います。
単独7位は9勝6敗、9点のM齋藤。負けは猪木、坂口、S小林、大木、クラップ、Sデストロイヤーと上位陣には全敗。ヒールターンして以降の実力者ぶりを見るともう少し活躍しても良さそうなものですが、本隊助っ人参戦時は本領発揮出来ておらず。しかし、試合内容はどれをとっても光るものがあり、特に4月18日、福生市民体育館での猪木戦はテレビ中継が途中で終わったものの、アルゼンチン・バックブリーカー、ブルドッキング・ヘッドロック、バックドロップで猪木を追い込みました。齋藤の力ならSデストロイヤーには勝てたと思われ、二桁勝利は狙えただけに可もなく不可もなしの成績に終わったのはやや残念でした。
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