76年「第4回チャンピオン・カーニバル」第6週、公式戦最終日、76年5月8日札幌中島スポーツセンター大会(テレビ生中継、観衆4,000人発表)。2週連続の生中継でした。
最終日を残して優勝の可能性があるのは1位17点、失点7のザ・バラクーダ。同点2位には16点、失点8のジャイアント馬場、ジャンボ鶴田、大木金太郎、アブドーラ・ザ・ブッチャーの4人が並びました。(全て公式戦1試合残し)
放送開始前に行われたブッチャーとバディ・ウォルフの公式戦はブッチャーが地獄突き、セカンドロープからのヘッドバットを決め、僅か2分13秒で体固めで勝利。18点をあげてセミ、メインの結果待ち。
放送が開始された時はセミの鶴田vs大木の一戦がスタートして15分程経過していました。
大木はこの日鶴田を相手にクリーンファイトで渡り合い、ブレーンバスター等大技や珍しい逆さ押さえ込みを連発するも後半は年齢(当時47歳)からくるスタミナ切れもあり攻め切れず30分時間切れ引き分け。鶴田、大木共に17点となり優勝には届かず。
メインイベント、公式戦最終試合の馬場vsバラクーダの結果如何にかかりました。
バラクーダが勝てば初優勝、時間切れ引き分けならバラクーダとブッチャーで優勝決定戦、馬場が勝てば馬場とブッチャーで優勝決定戦、両者リングアウトならブッチャーが優勝です。
試合は緊迫した雰囲気の中で行われ、バラクーダはパンチ、キック、ストンピングとラフファイトで馬場を撹乱。
しかし、冷静に試合の状況を見ていた馬場はバラクーダがロープに飛んでの2発目のショルダータックルに来たところを大一番しか出さない伝家の宝刀、ランニング・ネックブリーカードロップ一閃!
これがズバリと決まり、12分24秒、体固めでフォール勝ち。18点でブッチャーと並び、同点による優勝決定戦となりました。
優勝決定戦(時間無制限1本勝負)はテレビCMを挟んで直ぐに行われました。館内は馬場の4連覇を期待する歓声が沸き上がっています。
ブッチャーのヘッドバット、鉄柱攻撃で馬場は流血、怒った馬場は鉄柱攻撃のお返しでブッチャーの額を割ると脳天唐竹割り、耳そぎチョップで痛め付けていきました。
勝負をかけた馬場は209cm、145kgの巨体をブッチャーに浴びせてのアバランシュ・ホールド(雪崩固め)。
完璧に決まりましたがレフェリーのジョー樋口が巻き込まれてダウンし場外へ転落してしまい、フォールカウントは数えられず。
サブレフェリーのジェリー・マードックが入って来ましたが、フォール勝ちがカウントされず怒った馬場はエプロンでダウンしているブッチャーをストンピング。場外に降りてブッチャーの額にチョップ攻撃。
制止に入ったマードックレフェリーを馬場は突き飛ばしてしまいました。ゴングが要請され、9分53秒、馬場の反則負け。
この瞬間、馬場の4連覇は消え、ブッチャーが初優勝。元々、日本勢より外国人の方がレベルが上だった国際プロレスの「IWAワールド・シリーズ」は別として、力道山、日本プロレスの流れを組む馬場の全日本プロレス、猪木の新日本プロレスで、外国人レスラー、それもヒール選手が春の祭典のリーグ戦に優勝したのはこれが史上初の出来事でした。
ブッチャーは黄金の優勝トロフィーを抱きかかえてコーナーに座り込み、大きな目をギョロギョロさせて周りを睨み付けて牽制。
誰からも祝福されない、ブッチャー1人だけの栄光。孤高のヒールレスラーが全日本プロレス参戦4年目にして掴んだ優勝、同時にヒールながら全日本プロレスの事実上のエースになった瞬間でした。
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