1975年前半の全日本プロレスの首都圏でのビッグマッチのカードと観客動員は以下の通りでした。
「新春シリーズ」最終戦1月29日(水)東京体育館、ジャイアント馬場vsハーリー・レイスPWFヘビー級選手権試合、ザ・デストロイヤーvsカリプス・ハリケーンPWF認定USヘビー級選手権試合、覆面世界一決定戦十番勝負第5戦再戦。(5,200人発表)
「エキサイト・シリーズ」最終戦3月13日(木)日大講堂、馬場&ジャンボ鶴田組vsドリー・ファンク・ジュニア&テリー・ファンク組インターナショナル・タッグ選手権試合、ジャック・ブリスコvsボボ・ブラジルNWA世界ヘビー級選手権試合(8,750人満員発表)
「第3回チャンピオン・カーニバル」最終戦5月9日(金)日大講堂、WWWF&PWF両ヘビー級選手権試合、ブルーノ・サンマルチノvs馬場(2,500人発表)
「ブラック・パワー・シリーズ」6月17日(火)東京体育館、馬場&鶴田組vsブラジル&ハンク・ジェームス組インターナショナル・タッグ選手権試合(6,700人発表)
「サマー・アクション・シリーズ」7月25日(金)日大講堂、馬場vsフリッツ・フォン・エリックテキサスデスマッチ(次期NWA世界ヘビー級王座挑戦者決定戦)、デストロイヤーvsザ・スピリット(キラー・カール・コックス)PWF認定USヘビー級選手権試合、覆面世界一決定戦十番勝負第7戦再戦(5,900人発表)
5月9日の日大講堂は旧国鉄のストライキにぶち当たってしまい不運でした。ストは翌日も続き、駅の売店は閉まっていてこの日のサンマルチノvs馬場と新日本プロレスの高松市民文化センターでの坂口征二vs大木金太郎の結果を載せた東京スポーツを買う為に隣の駅である下総中山の近くの新聞店まで歩きました。
日本プロレス時代、馬場とインターナショナル王座を賭けて死闘を展開したサンマルチノ、ブラジル、エリックといった60年代から続くライバル達と馬場との試合がことごとくコケてしまっています。
日本プロレス時代の焼き直しはファンには新鮮さに欠けてしまい、観客動員は苦戦。馬場は前年74年にストロング小林、大木金太郎戦でブームを巻き起こした猪木の後追いをする感じで日本人対決へ着手します。
5月まで新日本に上がっていた大木を引き抜き、10月30日、蔵前国技館で馬場vs大木戦が組まれ、全日本旗揚げ以来蔵前の記録と言っていい12,000人(超満員発表)の観客を動員、旗揚げ3年にして初めて蔵前国技館を札止めにしてみせました。
前74年10月10日、蔵前でアントニオ猪木が大木を破った13分13秒の約半分の6分49秒で馬場はランニング・ネックブリーカードロップからの体固めで大木をフォール。三段論法的に猪木より自分の方が強いことをアピールしました。
さらに12月には内外トップレスラー20人を集めたオープン選手権を開催。他団体にも「広く門戸を開放」した訳です。
20人も参加選手がいて日程が12大会では総当たりリーグ戦は組めず、ファン投票による番付(ランキング)と見たいカードを募集、1位に選ばれたのは馬場vs鶴田の師弟対決でした。(2位はドリー・ファンク・ジュニアvsアブドーラ・ザ・ブッチャー)
オープン選手権で馬場は鶴田(12月15日仙台・宮城県スポーツセンター)、国際プロレスのエース、ラッシャー木村(12月17日千葉公園体育館)と対戦しフォール勝ち。
最終戦12月18日川崎市体育館でホースト・ホフマンを破って最多得点11点をあげて優勝。本来は新日本に譲渡される予定であった力道山ゆかりのワールド・リーグ戦の大トロフィーを手にしています。
日本人対決で十分いける、商売になると判断した馬場は翌76年3月28日蔵前国技館で試合には出場しませんでしたが全日本と国際の全面対抗戦を組み、国際との折半でしたが9,800人の観客を集めています。
メインイベントは鶴田試練の十番勝負第2戦、R木村との試合で1-1から両者ダブルフォールの引き分けとなりました。(鶴田vsR木村戦は全10試合中、第8試合に組まれた。この後にサムソン・クツワダvs寺西勇、グレート小鹿&大熊元司組vsグレート草津&マイティ井上組のアジア&IWA世界両タッグ選手権試合が行われている。鶴田vsR木村戦は日本テレビが、後ろ2試合は東京12チャンネルが収録した為)
馬場は対抗戦での収益を見て「いやぁ、対抗戦って、いい商売だなぁ!」とほくそ笑んだと聴きます。高額の外国人レスラーへのギャラを払わずに手元に残ったお金は全て純利益となった訳です。
馬場は約半年かけて、日本人vs外国人、あるいは外国人同士の対戦が主流だった全日本のリングを日本人対決を行っても何ら違和感のないものにシフトチェンジしていったのです。
そしてミラノがマスクマンのザ・バラクーダとして再び来日した「第4回チャンピオン・カーニバル」では、日本人、外国人問わず参加全選手による全日本プロレス初の総当たりリーグ戦形式となりました。
新日本プロレスの「第3回ワールド・リーグ戦」はモハメド・アリとの対戦が決まった猪木がリーグ戦をシードされ、新日本初参戦となった元WWWFヘビー級王者、ペドロ・モラレスを呼んだにも関わらず、前年のような盛り上がりには欠けてしまいました。
ログインしてコメントを確認・投稿する