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2026年07月03日07:24

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【配信連動企画】昭和プロレス年史外伝�⇔疣造冒匹襯供Ε丱薀�ーダ、マリオ・ミラノ伝説(2)

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マリオ・ミラノは75年1月「新春シリーズ」で全日本プロレスに初参戦。以降、マスクマン、素顔の両方で全日本プロレスのレギュラーとなりました。

デストロイヤーとバラクーダの覆面世界一決定戦十番勝負第4戦(PWF認定USヘビー級選手権試合)は1月4日後楽園ホールで61分3本勝負で行われ、1本目は僅か5秒、デストロイヤーが試合開始のゴングと同時に見舞ったフライング・ボディシザースドロップ(空中胴締め落とし)からの体固めで先制。

2本目は12分、バラクーダがネックハンギングツリーから叩き落として体固め、決勝の3本目は6分57秒、デストロイヤーがスクールボーイ(横入り式エビ固め)に丸め込んでカウント3、2−1でデストロイヤーがUSヘビー級王座を防衛すると同時に覆面世界一決定戦十番勝負4連勝を果たしています。

以降、ジャイアント馬場好みの大型中堅ラフファイターとして、やはりミラノと同じ2016年年9月10日に亡くなったムース・モロウスキーと並んで、名バイプレイヤーとしてその名を歴史に残しました。

実はミラノとモロウスキーには共通点がいくつかあります。同じ1935年生まれで没年も一緒。

全日本プロレスにレギュラー参戦する前は共に国際プロレスに来日経験があり、さらに全日本プロレスでモロウスキーはマスクマンのジ・アベンジャーとしてザ・デストロイヤーの覆面世界一決定戦十番勝負第3戦の相手になり(74年10月5日日大講堂)、ミラノはバラクーダとして第4戦(75年1月4日後楽園ホール)の相手を務めました。

モロウスキーは73年10月6日後楽園ホールでのジャンボ鶴田の日本デビュー戦の相手(12分53秒、ダブルアーム・スープレックスからの体固めで負け)を務め、ミラノは77年6月11日世田谷区総合体育館での天龍源一郎の日本デビュー戦の相手(メヒコ・グランデ=リッキー・ロメロとのタッグで馬場&天龍組と対戦、12分9秒、天龍がグランデをローリング・クレイドルで破る)をしています。

いずれも馬場の絶対的信頼がなければ組まれないマッチメークでした。

さらに2人は素顔とマスクマンの両方で「チャンピオン・カーニバル」にエントリーしています。

素顔ではモロウスキーの方が早く、73年の第1回に出場、ミラノは79年第7回大会に参加。マスクマンとしてはバラクーダが先で76年の第4回、アベンジャーは81年の第9回に参加。

今回は、私が個人的に「チャンピオン・カーニバル」の中で「最も面白かった」大会と勝手に定義着けている76年の第4回大会でのバラクーダの活躍を振り返り、ミラノの日本での功績を讃えたいと思います。

「チャンピオン・カーニバル」の第1回大会は73年3月17日、世田谷区総合体育館で開幕。旗揚げ後僅か半年で春の祭典を開催出来たのはやはりドリー・ファンク・シニアをブッカーとして協力な外国人勢を呼べたからでしょう。

この段階でまだ日本プロレスは活動しており「ワールド・リーグ戦」の名称は使うことは出来ず。

よって優勝争いのトーナメントと並行して、参加外国人をにわか仕立てのチャンピオンにしてタイトルマッチを組むという「二本柱」でした。

マーク・ルーインが南半球ヘビー級王者、キング・イヤウケアが太平洋岸ヘビー級王者、カリプス・ハリケーンが中南米ヘビー級王者をそれぞれ名乗り、「チャンピオンのお祭り」というタイトル通りのシリーズ展開となりました。

トーナメント本戦は4月21日福井市体育館で馬場がルーインを降し優勝しましたが、優勝決定戦=クライマックスではなく、4月24日大阪府立体育会館、4月25日日大講堂での馬場とザ・シークのPWF世界ヘビー級選手権試合2連戦がシリーズの締めとなりました。

翌74年の第2回大会はデストロイヤーとアブドーラ・ザ・ブッチャーの血の抗争が大きな話題となり、バラエティー番組で見せるデストロイヤーの姿とは違ったシリアスな一面が話題を呼びましたが4回闘って決着つかず両者失格。

決勝は5月11日前橋市群馬県スポーツセンターで馬場がミスター・レスリング(ティム・ウッズ)を破り2連覇。

日本プロレス活動停止によりこの年新日本プロレスが「ワールド・リーグ戦」を初開催。

外国人勢は弱体ながら、決勝リーグ戦は日本側、外国人側による総当たりリーグ戦を開催、猪木vs坂口の同門対決(4月26日、広島県立体育館、30分時間切れ引き分け)が実現。興行人気で全日本は新日本に敗れてしまいました。

75年の第3回大会はトーナメント本戦の他に序盤戦にディック・ザ・ブルーザー、終盤戦にWWWFヘビー級王者ブルーノ・サンマルチノを招聘した豪華版でトーナメントにもジン・キニスキーが参加。

この年は敗者復活戦で鶴田と高千穂明久の同門対決が実現。(4月26日徳島市立体育館、鶴田が回転エビ固めで勝利)

さらにベスト4に関しては総当たりとするという新しい試みが為され、「馬場vs鶴田戦実現か?」と期待されましたが鶴田がMレスリングに2年連続で敗れベスト4に入らず。

5月3日、和歌山県立体育館で馬場がキニスキーに勝ち3連覇となりました。

一方、新日本は「第2回ワールド・リーグ戦」を同時期に開催、今回、予選なしの初総当たりリーグ戦を敢行、アントニオ猪木、坂口征二、ストロング小林、大木金太郎、マサ齋藤らが死闘を展開。

全日本のファンからは「ワールドじゃなくて日本リーグ戦じゃないか」と揶揄されましたが、坂口と大木の遺恨試合もあり大会は大盛り上がりとなり猪木が2連覇。

この成功を見ていた馬場はついに日本人対決路線に乗り出します。

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