mixiユーザー(id:21258650)

2026年04月12日09:27

141 view

【特別編】マイティ井上さん追悼(247)

87年「創立満15周年記念ジャイアント・シリーズ」参加外国人選手プロフィールの続きです。

初来日の「宇宙犬コンビ」スポット&スパイクのザ・ムーンドッグス。ムーンドッグスは何代か代替わりしてメンバーも入れ替っていますが、今回来日したのは3代目ムーンドッグス。

80年暮れにカナダからWWFに転戦して来た国際プロレスに何度も参戦したセーラー・ホワイトが「キング」、ランディ・コーレイ(86年4月に新日本プロレスに来日)が「レックス」を名乗り初代ムーンドッグスを結成しましたが、キングことホワイトが渡米してくる前のカナダでの犯罪歴が発覚、カナダに戻らざるを得なくなりました。

代わってレックスのパートナーを務めたのが「スポット」。テネシー、ルイジアナ、オクラホマでウェイン・ファリス(後のホンキートンク・マン)とタッグを組んで「ニュー・ブロンド・ボンバーズ」として活躍したラリー・レイザム(ラリー・ラザン表記の文献もあり)がその前身で、ニュー・ブロンド・ボンバーズは80年6月の国際プロレス「ビッグ・サマー・シリーズ」に初来日が予定されていましたが来日はキャンセル。

レックス&スポットの2代目ムーンドッグスは81年3月17日、ペンシルベニア州アレンタウンでトニー・ガレア&リック・マーテル組を破ってWWFタッグ王座を獲得、6月8日、ニューヨークMSGでは新日本プロレスの藤波辰巳&谷津嘉章組の挑戦を受け2−0のストレート負けを喫しましたが、反則負け含みの為タイトル移動はなし。

この試合はテレビ朝日「ワールドプロレスリング」で放送され、藤波が婚約中だった沼谷かおりさん(伽織夫人)をリング上にあげて紹介したことでよく知られています。今回、スポットと谷津が6年4か月ぶりに全日本プロレスのリングで再会することになる訳です。

2代目ムーンドッグスは翌82年にはWWFを離れテキサス州サンアントニオ、テネシー、NWAジム・クロケットプロなどを転戦、84年のビンス・マクマホンによるWWFの全米制圧でWWFに復帰しますが扱いはジョバーであり短期間で退団しています。

その後レックスがコーレイとしてシングルプレーヤーに転身、スポットはテネシー時代に仲の良かったビル・スミスソンに声をかけて「スパイク」に変身させて3代目ムーンドッグスとなり、今回待望の初来日となりました。

初来日となるドクトル・ワグナー・ジュニアですが、この時に来たのは弟のシルバー・キングの方です。68年1月メキシコ出身の当時まだ19歳。85年に17歳でUWAのリングでデビュー。父親のワグナーは80年2月、81年8月に全日本プロレスに来日経験があります。

兄のワグナー・ジュニアは翌88年5月、新日本プロレスの「IWGPチャンピオン・シリーズ」に初来日していますので少々ややこしいですがワグナーの実の息子には変わりありません。

アンヘル・ブランコ・ジュニアは84年7月のUWF「無限大記念日」に初来日して以来3年3か月ぶりの来日、全日本プロレスには初参戦。ブランコの実子ではなく娘婿で、58年メキシコシティ出身の29歳。クロス・デンジャーの名でデビュー。エル・クルセロ2号、レイ・サロモンを経て83年にブランコの娘と結婚してアンヘル・ブランコ・ジュニアを名乗りました。

後日談ですが、後にブランコの娘とは離婚、ブランコ・ジュニアのリングネームを返上し、サロモン・メサとして活躍、ブランコ・ジュニアのリングネームはブランコの実子に譲ることになる訳です。
4 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2026年04月>
日 月 火 水 木 金 土
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
2627282930