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2026年03月30日07:11

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【特別編】マイティ井上さん追悼(234)

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87年全日本プロレス「創立15周年記念サマー・アクション・シリーズ2」は8月21日仙台・宮城県スポーツセンターで開幕。同所で開幕戦を行うのは全日本プロレスの15年の歴史の中でも初のことです。

スタン・ハンセン、ニック・ボックウィンクル、ディック・スレーター、オースチン・アイドル、ネルソン・ロイヤル、ジョー・ディートン、ジーン・リージョンの外国人勢がシリーズ全戦参加。

来日予定だったテッド・デビアスは先の「創立15周年サマー・アクション・シリーズ」終了後にWWF入りした為来日をキャンセル。

また、今シリーズ中盤戦に特別参加予定だったNWA世界ヘビー級王者のリック・フレアーは、スケジュールの都合で来日中止となりました。

全日本プロレスは72年10月の旗揚げ以来、ジャイアント馬場のプロモーターとしての対外的信用と豊富な日本テレビからの資金援助で外国人招聘に関しては新日本プロレス、81年に崩壊した国際プロレスに比べて圧倒的に信用力が高く、やむを得ない事情以外での来日キャンセルというのは一番少ない団体でした。

しかし、84年1月に開戦したWWFのビンス・マクマホンの全米制圧侵攻によるレスリング・ウォーの影響はじわじわと全日本プロレスにも及んで来ました。

前86年1月には、新日本プロレスから引き抜いたダイナマイト・キッド&デイビーボーイ・スミス組のザ・ブリティッシュ・ブルドッグスがWWF入りし全日本を離脱、(古くはビンス・マクマホン・シニア時代の82年11月にはジミー・スヌーカがWWF入りの為に全日本への来日をキャンセル)。

馬場の親友であったハーリー・レイスも85年以降、長州力以下ジャパンプロレス勢がメインを取っていた全日本プロレスのリング上での光景に驚き、馬場に苦言を呈して86年5月の「スーパー・パワー・シリーズ」特別参加から帰国後、WWF入り、「キング」のキャラクターでハルク・ホーガンのライバルとなっています。

他に短期間ながらドリー・ファンク・ジュニア、テリー・ファンクもWWFのサーキットに入っています。WWFの侵攻を受けたNWA、AWAも防戦に回りましたが苦戦を強いられ、バーン・ガニアの個人商店だったAWAは弱体化。

全米一の規模を誇った巨大カルテル、プロモーターの寄り合い所帯である加盟プロモーションもWWFに個別に狙い撃ちにされ、主要マーケットだったジョージアは株式の過半数をWWFに売却、フロリダ地区もNWA会長を務めたエディ・グラハムが85年1月にピストル自殺してからは衰退の一途を辿り、86年にジム・クロケット・プロに身売り。

テキサス州ダラスのフリッツ・フォン・エリックは86年に「自分達でやっていく」とNWAを脱退。ボブ・ガイゲルNWA会長のテリトリーであるミズーリ、カンザスのセントラル・ステーツ地区は観客動員が不調で衰退、細々と続けていました。

実際にWWFと互角に闘っていたのはノースカロライナ州のクロケット・プロだけだったと言えます。ただし全米からトップレスラーを引き抜いて来たWWFに対抗するにはかなり不利益な闘いとなっていました。

このような状態でNWA世界ヘビー級王者のフレアーを短期と言えど日本に送ることは出来なくなり、来日をストップさせたものでした。

これまで外国人レスラー、プロモーターには手厚い報酬を支払ってきた馬場はデビアス、フレアーのキャンセルについては仕方ない、という考え方はあったにせよプライドを傷つけられたことに変わりはなく、これまで「錦の御旗」のように「世界最高峰」と崇めていたNWAへの考え方を根本的に変えるようになっていきました。

それが、翌88年から始まる全日本プロレス所管のシングル、タッグ王座の統一への流れとなっていく訳ですが、NWA世界ヘビー級王者フレアー、ファンク・ファミリーの一員としてプロレス入りする前から知っており、可愛がっていた子飼いのデビアス2人の同時来日キャンセルが大きなきっかけになったことは間違いのないところです。

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