mixiユーザー(id:21258650)

2026年02月18日07:22

87 view

週プロ流智美あの日あの時予想2025年総括(43)

第414戦、11月5日発売号●【予想】猪木、シンに襲わる、新宿伊勢丹前襲撃事件(73年)【正解】国際軍団のブレイクによって呪術師が前座扱いの屈辱、ランバージャックデスマッチ、アントニオ猪木vsラッシャー木村(81年新日本プロレス蔵前国技館)

【参考】 2014年11月5日発売号は「プロレスラー・ヘーシンク」が残した唯一の名勝負、柔道ジャケットマッチ、アントン・ヘーシンクvsドン・レオ・ジョナサン(74年全日本プロレス大田区体育館)

【予想解説】1973年11月5日、東京・新宿の伊勢丹百貨店前で、大事件が起こりました。この日はオフ日で猪木、倍賞美津子夫人(当時)、実弟の猪木啓介氏の3人で啓介氏の結婚式の引出物を買う為に伊勢丹で買物を楽しんでいました。

買物帰りにタクシーに乗り込もうとした猪木が、タイガー・ジェット・シン、ジャック・ルージョー、ビル・ホワイトに襲われ、ガードレールに額を打ち付けられて5針縫う大けがを負っています。夕方に起きた突然の凶行とあって、世間を騒がせるショッキングな出来事になりました。

シンは新日本プロレスがヒールとして売り出そうとしていたレスラーで、この時2度目の来日中。当時はまださほどの知名度ありませんでした。

「東京スポーツ」に「心あるファン」から「猪木がシンに襲われている」という事件の一報が入り、桜井康雄第2運動部デスク(当時)らはあまりにも突然で訳が分からず、門馬忠雄記者はこう述懐しています。

「あまりの衝撃に訳が分からず、私は電話をかけまくって情報収集した思い出しかない。翌日の新聞各紙もこの事件を取り上げ、包帯姿の猪木さんが取材に答える写真が大きく載った。ただ、わたしにはいまだにこの事件に不可解さがる。新宿は新日本に来た外国人選手が定宿にしていたホテルがあり、確かに伊勢丹百貨店は近い。だが、試合のない休日、猪木さんの買い物時間をシンが把握し、そこに現れるのは、何とも不自然だ。そして、猪木さんは重傷を負いながらも、「この決着はリングの上で」として、告訴しなかった。こうなると、この事件は猪木さんとシンの抗争に注目度を増すための…と勘繰られても仕方がない。」

事実、この一件で新日本プロレスの興行人気は爆上がり、伊勢丹前襲撃事件が起きた3日後の11月8日、沼津市民体育館でのテレビ収録試合、猪木&坂口&山本小鉄組vs襲撃トリオのシン&ルージョー&Bホワイト組の6人タッグマッチ。1本目から猪木とシンは試合を度外視した乱闘となり、5分32秒、両者ドクターストップによる退場となり1−1。

決勝の2本目は坂口&小鉄組とルージョー&Bホワイト組のタッグマッチの様相で行われ、14分4秒、坂口がBホワイトを体固めで降し2−1で猪木&坂口&小鉄組が勝利を収めています。

シリーズ中盤戦のヤマ場、11月16日札幌中島スポーツセンターで事件後初の一騎討ちが組まれ、会場は9,000人、超満員発表の大観衆が詰めかけました。

入場してきた猪木をコスチューム姿のままのシンが襲撃して試合開始、両者大流血による激闘の末、16分21秒、シン側のセコンド、ルージョー、Bホワイトが介入して猪木の反則勝ちに終わり、3度目の対戦も決着つかずに終わりました。

後にミスター高橋が自署、また自身のYoutubeチャンネルの中で猪木が考えた仕込みであることを明かしています。シン、ルージョー、ホワイトの3人を車に乗せて、伊勢丹の店頭近辺に停車、猪木らが出てきたタイミングで合図しシンに襲わせたと証言していますが真相は薮の中…。

【正解解説】81年11月5日新日本プロレス「闘魂シリーズ」最終戦蔵前国技館大会は13,000人超満員発表の大観衆を動員、前回の10月8日に次いで新日本プロレスと国際プロレスの対抗戦第2弾が行われています。
 
まずドイツ・ハノーバー・トーナメントから凱旋帰国した木村健吾と寺西勇の30分1本勝負。寺西のベテランらしい粘っこいグラウンド・レスリングに苦しんだ木村健でしたが12分18秒、回転エビ固めで逆転勝ちしました。対抗戦は新日本プロレスがまず1勝。

セミ前は対抗戦副将対決、藤波辰巳とアニマル浜口のシングルマッチ45分1本勝負。この日の試合前、藤波は正式にヘビー級転向を表明、保持していたWWFジュニア・ヘビー級王座のベルトを日本プロレスリング・コミッショナーに返上しました。

藤波は78年1月23日(現地時間)ニューヨークMSGでカルロス・ホセ・エストラーダをドラゴン・スープレックス・ホールド(飛龍原爆固め)で破り第3代WWWF(当時)ジュニア・ヘビー級王者となり、24度の防衛に成功。79年10月2日大阪府立体育会館で剛竜馬に敗れ王座転落も2日後の10月4日蔵前国技館でのリターンマッチで奪回し、その後は81年10月16日大分県立総合体育館でのトラビス戦まで28度の防衛を果たし、通算52回防衛の偉業を達成。

もはや「ジュニアに敵なし」となりヘビー級の頂点を目指しての階級アップとなりました。

藤波が返上したWWFジュニア・ヘビー級王座は翌82年1月1日後楽園ホールでタイガーマスクとダイナマイト・キッドの間で王座決定戦が行われることが発表され、館内からは大歓声が起きています。

国際軍団の切り込み隊長、浜口はレッグロックから張り手を見舞い藤波を挑発、藤波も弓矢固め(ボーアンドアロー・バックブリーカー)を決めていきます。勝負を賭けた浜口が藤波を肩に担ぎ上げてのエアプレーン・スピン(飛行機投げ)から後方に倒れてのブロックバスター(サモアン・スープレックス)、カバーに入りましたがカウント2。

場外乱闘となり、浜口は藤波を場外フェンス越しに投げてしまい、12分30秒、藤波の反則勝ちに終わりました。

セミファイナルはディック・マードック&ディノ・ブラボー組とアブドーラ・ザ・ブッチャー&バッドニュース・アレン組のタッグマッチ60分1本勝負が行われる予定でしたが、アレンが10月30日の安城市体育館で場外乱闘の際、ブッチャーが持ち出したビール瓶の破片で右腕に裂傷を負い、11月1日の宮城県迫町体育館から欠場となりました。
 
リング上にはマードック、ブラボー、ブッチャー、負傷欠場で私服姿のアレンが登場、急拠、カード変更となり、リング上から公開でブッチャーがマードックかブラボーのいずれかを選んでシングルマッチを行うと発表されています。

観客からは大「マードック」(を選べ)コール。マードックはリング上で軽快にステップを踏んで拳を握りファイティングポーズを取って「ブッチャー、書かって来い」のジェスチャー。ブッチャー嫌いで知られ、黒人差別主義者のマードックは何を仕掛けて来るかわからず、ブッチャーはマードックを避けてブラボーを指名、館内からは落胆の声とブーイングが起きました。

乱闘に紛れて試合開始のゴングが鳴り、ブッチャーは持っていたフォークでブラボーの額を突いて大流血させました。ブラボーが反撃に出ると、リング下にいたアレンが石灰をブラボーの顔面にぶちまけ、4分3秒、ブッチャーの反則負けに終わりました。

メインイベントは新日本プロレス対国際プロレス対抗戦の大将戦、猪木とラッシャー木村の再戦。ランバージャック・デスマッチ時間無制限1本勝負。

猪木はR木村の弱点である足に的を絞って攻撃し、レッグロックをみせます。R木村もヘッドバット、クロスチョップ、得意の逆エビ固めに入りましたがこれは猪木がロープエスケープ。

猪木は前回の対戦で見せたショルダー・アームブリーカー、R木村を場外に落としました。普通ならセコンドがR木村をリングに押し上げなければならないですが、肝心のセコンドがその場所にいません。

猪木はR木村の額を鉄柱に叩きつけて流血させ、上がってきたところを延髄斬り、ダウンしたR木村に腕ひしぎ逆十字固め、一度はロープに逃げたR木村でしたが猪木は再度引き摺り起こしての腕ひしぎ逆十字固め。ガッチリ決まりましたがR木村はギブアップしません。

セコンドの鈴木利夫元総務部長がタオルを投入、15分8秒、猪木のTKO勝ちとなりました。対抗戦は3戦3勝で新日本プロレスの圧勝に終わっています。

※対戦成績は414戦63勝351敗、勝率152。
3 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2026年02月>
日 月 火 水 木 金 土
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728