第411戦、10月15日発売号●【予想】蔵前オールスター大戦争の翌週にもあった大分興行戦争、UNヘビー級選手権試合、ジャンボ鶴田vsジミー・スヌーカ(81年全日本プロレス大分県立荷揚町体育館)&WWFジュニア・ヘビー級選手権試合、藤波辰巳vsスティーブ・トラビス(81年10月16日新日本プロレス大分県立総合体育館)【正解】OB会の対戦勧告を一蹴した馬場の冷静沈着、ジャイアント馬場が「OB勧告書」に反論(74年10月14日銀座東急ホテル)
【参考】 2014年10月15日発売号は現役幕内力士が勝ち越しの場所翌日にプロレス転向!天龍源一郎全日本プロレス入団記者会見(76年紀尾井町ホテルニューオータニ)
【予想解説】81年の新日本プロレスと全日本プロレスの引き抜き抗争は同時に両団体の面子を賭けての興行戦争に発展しました。10月9日、全日本プロレスが蔵前国技館で創立10周年記念ジャイアント・シリーズの記念大会(馬場&ブルーノ・サンマルチノ組vsタイガー・ジェット・シン&上田馬之助組、リック・フレアーvs鶴田NWA世界ヘビー級王座戦、ドリー・ファンク・ジュニアvsブルーザー・ブロディインターナショナル・ヘビー級王座戦ほか)の開催を先に発表。
すると新日本プロレスは1日前の10月8日に蔵前国技館を押さえ、創立10周年記念興行第3弾、新日本プロレスvs国際プロレス全面対抗戦(猪木vsラッシャー木村、藤波vs寺西勇、剛竜馬vsアニマル浜口ほか)をぶつけて来ました。
観客発表はどちらも13,000人(超満員)発表でしたが、私は両日2階席で観戦していましたが、密度の点で新日本プロレスが上回っていました。
その翌週にも実は大分県で興行戦争が行われています。先発は10月15日、全日本プロレスの大分県営荷揚町体育館。鶴田vsジミー・スヌーカのUNヘビー級選手権試合をメインイベントに持ってきて(2−1で鶴田の防衛)4,200人発表と満員マークはつかず。
セミファイナルは馬場&天龍組がタイガー・ジェット・シン&上田馬之助組に反則勝ち。スペシャルマッチとしてドリーvsブロディのノンタイトルでのシングルマッチが組まれて両者リングアウトとなっています。
翌16日には新日本プロレスが大分県立総合体育館で興行を開催。こちらはテレビ朝日の生中継でセミファイナルに地元大分県国東郡武蔵町(現在の国東市)出身の藤波がスティーブ・トラビスとWWFジュニア・ヘビー級王座防衛戦を行い、13分50秒、ブレーンバスターからの体固めで勝ち28度目の王座防衛を果し、この試合を最後の防衛戦としてヘビー級転向の為同王座を返上しています。
メインイベントは猪木&長州力組がアブドーラ・ザ・ブッチャー&バッドニュース・アレン組と対戦、長州とアレンが1本ずつ取り合ってからの日本組の反則勝ちでした。
こちらは西日本地区に強い新日本プロレスとあって5,500人(超満員)発表と会場のキャパの違いはあれど新日本プロレスが圧勝しています。
【正解解説】74年3月19日新日本プロレス蔵前国技館では国際プロレスを離脱したストロング小林がアントニオ猪木のNWF世界ヘビー級王座に挑戦、猪木が「首で支えるジャーマン・スープレックスホールド」で勝利。
4月5日後楽園ホールで開幕した新日本プロレスの「第1回ワールド・リーグ戦」では決勝リーグ戦は日本人、外国人問わずの総当たりリーグ戦だった為猪木と坂口征二の黄金コンビ対決が実現、他、猪木vsマサ齋藤、坂口vsM齋藤戦も組まれ、かつてない盛り上がりを見せました。
10月10日蔵前国技館で大木金太郎の挑戦を退けた猪木、「残るはジャイアント馬場だ」と統一日本選手権実現への気運が一気に高まった訳です。
猪木vs大木戦が終わった翌日の10月11日、豊登、芳の里、九州山、吉村道明の4人による「日本プロレスOB会」名義で馬場に対し猪木との「対戦要望書」が送付されました。
10月14日銀座東急ホテルで「東京スポーツ」の取材に応じた馬場は「日本プロレスOB会などという組織は聞いたことがない。俺と猪木が闘えば一部のファンは喜ぶだろうが、お互いにテレビ局との契約がある以上、勝手なことが出来る訳がない。」と一刀両断に切り捨てて見せました。
馬場は対戦要望書を新日本プロレスの新間寿営業本部長による策略だったことを見抜いており、新間の目論見は失敗に終わったのでありました。
※対戦成績は411戦63勝348敗、勝率153。
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