第395戦、6月18日発売号●【予想】猪木、2年半ぶりのパキスタン遠征でアクラムの甥と引き分け、アントニオ猪木vsジュベール(ジャラ)・ペールワン(79年6月17日【現地時間】パキスタン・ラホール・ガダフィスタジアム)【正解】王座設立〜封印までの50試合すべてに出場した坂口の偉業、北米タッグ選手権試合、猪木&坂口征二組vsアンドレ・ザ・ジャイアント&ザ・プロフェッショナル組(75年6月16日新日本プロレス仙台・宮城県スポーツセンター)
【参考】 2014年6月18日発売号は、〜ヒロ・マツダ、川崎球場で入魂の人間橋!アジア・タッグ選手権試合、エディ・グラハム&サム・スティムボート組vsヒロ・マツダ&吉村道明組(66年日本プロレス川崎球場)
【予想解説】79年6月7日蔵前国技館でスタン・ハンセンを9分3秒、コーナーポスト最上段からのダイビング・ボディシザースドロップからの体固めで破り「第2回MSGシリーズ」2連覇を果たした猪木。
シリーズオフも多忙を極める猪木は6月14日に港区芝の「東京プリンスホテル」で東京スポーツ新聞社創立20周年記念事業「プロレス夢のオールスター戦」(8月26日日本武道館)の開催発表記者会見に出席した後、76年12月、あのアクラム・ペールワンとの闘い以来、2年半ぶりにパキスタン遠征に出発。
79年6月17日ラホール・ガダフィスタジアムで猪木は前回猪木に腕を折られて負けたアクラムの一族、ボル・ブラザースの若手精鋭、ジュベール・ペールワンと対戦、10分5ラウンドをフルに闘い抜いて時間切れ引き分けとなっています。
この遠征はテレビ朝日の収録はなく、映像は残されておりませんが、試合後猪木はジュベールの健闘を称え、手を上げました。
このシーンを見ていたパキスタンの客は、猪木がジュベールに「お前の勝ちだ!」と負けを認めたと思ったそうです。
翌18日にはカラチ・ナショナル・スタジアムで猪木はタイガー・ジェット・シンと時間無制限1本勝負で対戦、猪木のバックドロップで両者共倒れとなり、25分45秒、両者カウントアウトの引き分けに終わっています。
【正解解説】75年5月30日後楽園ホールで開幕した新日本プロレス「ゴールデン・ファイト・シリーズ」では開幕戦でこれまで1月からフリー参戦していたストロング小林が正式に新日本プロレスへ入団を発表しています。
6月16日仙台・宮城県スポーツセンターで3か月ぶりに北米タッグ選手権の防衛戦が行われ猪木&坂口組がアンドレ・ザ・ジャイアント&ザ・プロフェッショナル(ダグ・ギルバート、後にW☆INGに来た選手とは別人)組に2-0のストレート勝ちで5度目の防衛に成功していますが、アンドレ組は、2本ともプロフェッショナルがフォールを奪われての敗戦でした。
猪木&坂口組が王者時代の北米タッグ戦でテレビ中継がなかったのはブラジルのアンドレ、トニー・チャールス組とこの試合だけです。
※対戦成績は395戦62勝333敗、勝率157。
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