全日本プロレス87年「創立15周年新春ジャイアント・シリーズ」2月3日北海道・夕張市総合体育館(テレビ収録、観衆3,100人超満員発表)大会。
メインイベントは天龍源一郎と輪島大士が2人だけのタッグチームを結成、タイガー・ジェット・シン& ア・シーク組と対戦。天龍と輪島は二所ノ関部屋と花籠部屋、同じ二所一門の間柄、年齢は1950年2月2日生まれの天龍が37歳、1948年1月11日生まれの輪島が39歳。
63年2月に中学2年生で13歳で各界入りし、両国中学校に編入した天龍(親交のある落語家の三遊亭円楽は両国中学校時代の同級生)と70年3月に日大学生横綱から幕下付出で「プロ入り」した輪島とは各界では天龍が先輩ながら、「番付が一枚違えば虫ケラ同然」と言われた相撲界にとっては輪島は同門の横綱として雲の上の存在。
両者は74年初場所3日目で1度だけ対戦、東横綱輪島に対して天龍は自己最高位である西前頭筆頭、結果は番付通り、輪島が寄り切りで文字通り横綱相撲で圧勝しています。
その後天龍は76年秋場所を最後に廃業し10月に全日本プロレス入団、輪島は81年春場所中に引退し年寄花籠を襲名、紆余曲折あって天龍から遅れること9年半、全日本プロレス入り。天龍にとっては複雑な胸中だったでしょうがリングに上がればそこはプロ、しっかり輪島をサポート。8分46秒、延髄斬りからの片エビ固めで天龍がア・シークを破り天龍&輪島組の勝利。
セミファイナルは全日本対ジャパン軍団抗争6人タッグマッチ、ジャンボ鶴田&石川敬士&ハル薗田組と長州力&谷津嘉章&アニマル浜口組の一戦。
谷津が薗田をベアハッグに捕らえ。そこへ長州がリキラリアットを決め11分8秒、長州が薗田を体固めでフォール。ザ・ロード・ウォリアーズを彷彿とさせる連係でジャパン軍団に凱歌が上がりました。
セミ前に組まれたタイガーマスク猛虎七番勝負第2戦(45分1本勝負)は対戦相手の阿修羅・原が大雪により飛行機が欠航となり、北海道入り出来ず、急遽対戦相手をフランク・ランカスターに変更して行われました。
2月1日が秋田県大曲市民体育館大会、翌2日はオフになっており、原は巡業から離れ1人東京に戻り、当日の便で会場入りする予定でした。欠航がなく普通に原が北海道入りして試合に出ていれば報道される話ではないのですが、後の金銭トラブルによる解雇騒動を考えると、そちら方面の所用で1人帰京したと勘繰りたくはなります。
初来日ながら天龍のUNヘビー級王座挑戦に続き、当日代打とはいえ、猛虎七番勝負の相手に抜擢されたランカスターは手足が長くバランスのいい身体をしており、身体能力も高いのは理解出来ますが試合を見る限りなぜ馬場がそれほど高い評価をしたかは理解に苦しむところはあります。
試合はタイガーマスクが8分51秒にソバットからジャーマン・スープレックスホールド決めフォール勝ち。引き分けたり負けたりする相手ではなかっただけに完勝に終わり七番勝負は2戦1勝1敗。ただし初勝利と喜ぶようなものではなかったことは確かだと思います。
全日本対国際血盟軍&カルガリー・ハリケーンズ混成チーム、ジャイアント馬場&佐藤昭雄&渕正信組vsラッシャー木村&鶴見五郎&ヒロ斉藤組の6人タッグマッチは10分54秒両チームリングアウトの引き分け。
キラー・カーンは大熊元司とシングルマッチで対戦し8分58秒、ダイビング・ダブル・ニードロップからの体固めで勝利。カート・ヘニングはジャパンの保永昇男とマニア好みのシングルマッチを行い、7分44秒エミサイルキックからのエビ固めでフォール勝ち。
全日本対ジャパン、ザ・グレート・カブキと栗栖正伸のシングルマッチは8分7秒、逆エビ固めでカブキのギブアップ勝ち。
小林邦昭&仲野信市組vsネルソン・ロイヤル&マーク・レーガン組は9分48秒、小林がフィッシャーマンズ・スープレックス・ホールド(網打ち式原爆固め)でレーガンを倒しました。このシリーズ、カート・ヘニングがフィニッシュとしてフィッシャーマンを多用していますが、小林が元祖オリジナルの意地を見せたか?
第1、2試合はいずれも全日本対ジャパン、マイティ井上&川田利明組と寺西勇&佐々木健介組は9分29秒ジャーマン・スープレックスホールドで川田が健介から直接のフォール勝ち。百田光雄と笹崎伸司のシングルマッチは8分20秒、バックドロップからの体固めでベテラン百田が勝ちました。
なお、全日本プロレス入団に伴い、ワーキングビザ再取得の為、前86年12月20日にカナダに一時帰国していたジョン・テンタが、ビザが発行され2月2日に来日、日本でのデビュー目指して始動していくことになります。
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